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第八十六話 非常に残念な事である

少し時間は遡り、アステアとヨルが国王の執務する部屋へ足を踏み入れた頃。


「他国の人間が許可もなしに王に謁見するとは何事だ!!」


数人の兵士を連れた、おそらく騎士だろう男が叫ぶ。その声に顔を顰めたのは獣人であるエスターだ。


「聞こえないとはいえ、王がいる部屋の前で大声出す方もおかしいと思うんですけど…」


非難の色を潜めて向けられる瞳に騎士は「何様のつもりだ!」とまた叫ぶ。次に言葉を発したのはいつもと変わらずにこやかなクレイグだった。


「申し訳ありません、騎士様。今は我らの主人が急を要するという事で無作法に上がらせていただきました。時間は数時間ととらないと思うので、お見逃しいただけませんか?」


相手を挑発する事もなければ柔らかい物腰で下から目線。加えて部屋へ立ち入った者の立場を考えれば、これで事は済むはずだ。だがなるほど、クレイグとエスターの主人が呆れるのもわかる。騎士はクレイグの言葉を聞いていなかったのか、元より聞く気がなかったのか、自身の後ろに控えていた兵へ指示を出したのだ。


「……これは、どうしますか?クレイグさん」


エスターが聞けば、予想の範疇だったがこうはなってほしくなかったクレイグは肩を落としながら答える。


「アステア様の指示通り、という事になりますねぇ」


残念そうに呟かれた言葉に、一体何人の者が気づいただろうか。エスターは一瞬目を輝かせ、「はい!」と元気の良い返事をした。


「はじめましょう」


「行け!お前達!!」


落ち着いた声と、まだ若い騎士の号令が、重なった。


───











「ずるい…」


人の気配のしない廊下に落ちた呟きに、クレイグは呆れたように溜息を溢した。


「アステア様からのお話で納得したのでしょう」

「それは…そうですけど…」


歯切れ悪く目線を彷徨わせるエスターの耳はしゅんと垂れ、美しい瞳には涙が溜まっていて、おそらく普通の男相手であればイチコロだ。まぁ育ての親以前に、クレイグという人間にそう言ったタイプの色仕掛けは無力に等しいので、全く同情なんてしてもらえないのだが。


「アステア様がヨル様を連れていったのはフィニーティスの国王陛下や宰相様に顔を覚えさせるためです。そうすれば、最低でも友好国のフィニーティスではヨル様があからさまに不当な扱いを受ける事はなくなります」

「う〜!それもわかってます!!」


でも納得できない!と地団駄を踏む姿は子供そのもの。この姿を主人が見たらきっと可愛いというのだろうな、と少し可愛いのツボがズレているのかもしれない主人を思い浮かべる。いや、子供の地団駄はある程度なら可愛いのかもしれないが、今の状況では可愛いとは程遠い存在だ。

床に転がる男達を苛つきに任せて蹴る後ろ姿は、女性らしい体格でも輩そのもので、それでも可愛いと言いそうな主人は間違いなく変人なのだ。


「……エスター、服に血が飛んでいますよ」

「え!?」


少し話を逸らすためにそんな言葉をかけてやれば、まだ年若いエスターが過剰なほどに「どこですか!?」と聞いてくる。目立たないようにとエスターとクレイグは黒い服を着ているため目では確認できないのだ。獣人ならば鼻である程度はわかるのかもしれないが、一時的に意識を遠のかせている人間達に囲まれた状態では鼻も効きにくいのだろう。


「少し待ちなさい」


そう言いながら、クレイグは白い杖を美しい王城の廊下に突いた。カンッといつ聞いても心地良い音を鳴らせるそれは、クレイグが魔術を使う際に使用する補助機のようなものである。これが出てくるとだいたい魔術が使われるか、魔術を使うぞ?とクレイグが脅しているという事で、エスターは自然と尻尾を下げてしまった。


「今はアステア様方にかけている魔術があるので簡単なものしか使えませんよ」

「それでもクレイグさんの技術だったら、私避けられないです…」

「子供に負けるほど耄碌はしていないので」


少しからかいを混ぜながら、クレイグはもう一度カンッと音を鳴らす。するとエスターの周りには風が集まり、暖かな空気が頬をくすぐった。

数秒すれば纏わりついていた鼻につく匂いなど気にならなくなりエスターは小さく感心する。


「相変わらず凄いですね、魔術」

「これくらいできて当たり前ですよ」

「私にはできませんでした」

「それはすぐに諦めてしまったからでしょう。魔術は勉強なんですから、諦めなければある程度は習得できますよ」


またも、う〜!と唸るエスターは、頭は良いが諦めが早い。主人の事に関してならば蛇のような執念を持っているのだが、主人に執着するあまり他に興味がないのだ。獣人はエルフ同様、自然との親和性などが高いため、非常に残念な事である。

もしかすると、滅多にお目にかかれない魔法を習得できる可能性だってあるはずなのに。


「…まぁ、諦めてしまったものは仕方ありませんね」

「え?」

「さ、まだ来ますよ。気を抜かない」


クレイグがパンッと手を叩く。同時に現れたのは廊下を埋め尽くすほどの国の兵士達だ。エスターはせっかく綺麗になったのに!と顔を歪ませて、クレイグは仕方ないとばかりに杖を握り直した。

お読みくださりありがとうございました。

まだ書き始めていないので分かりませんが、これから数話ほどクレイグとエスターの話が続く可能性があります。

お付き合いくだされば幸いです。

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