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第八十五話 少しの同情を包んで囁かれた言葉

宰相の弟子は気絶し、すでに宰相も疲れ果てた様子だ。国王はただ目の前で淡々と怒りを吐き続けている姫を見て、「ごめんね」と謝った。怒った女性にはとりあえず謝るのが一番。それは皮肉にも姫を怒らせてしまったらしい王妃で学んだ事だった。


「妹君がそこまで怒ってるって気づかなくて、少し放っておきすぎたかもしれない。王太子の事は悩んでいたけど、勇気を出してみる事にするよ」


できるだけ大人としての教示を守りつつ、これ以上宰相達の体力を消費させないためにも笑顔を浮かべる。国王の優しい口調で勢いを多少なりとも和らげた姫は、「それは有難いですね」と答えた。


「これで王妃様が黙って、ブラッドフォード第一王子殿下の勘違いが解かれれば良いんですが」

「うん…ブラッドはこれから大変になると思うよ。勘違いしているならなおさらね。妹君のお姉ちゃんとの縁談はそれからになるかもしれないけど、良い?」


そこで、やっと姫の顔色が変わった。どうやら落ち着きを取り戻した国王の対応を見て納得をし始めてくれたらしい。


「………少し度が過ぎた事は謝ります。ですが、先に癇に障る事をしたのは」

「わかってるよ、うん。こっちだから。お姉ちゃん大好きなんだもんね」


真っ赤な苺のように顔を赤らめた姫は「当然です!」と言って、やっと年相応の顔を見せてくれる。国王のおっとりとした姿には、どんな人間でも絆されてしまうのかもしれない。


「妻の事は…少し話してみよう。子供の事を考えていないという事はないと思うから、熱が入り過ぎてしまっただけだと思うんだ。リディアの事は、うん、家の事情もあるしね。できる限り姫には協力しよう。リディア伯爵家全体を確かめられそうだし」


姫が提示した文句の数々に、ゆっくりと、まるでその場の空気を溶かすかの如く答えていく様は、やはり一国の王だ。カタルシアの皇帝のようなカリスマ性はないけれど、それでも、優しさ溢れる人柄がその場を優しく包み込む。

なんとなく自分の勢いが落ちてしまった事に気が付いたのだろう。姫は一つ大きな溜息をつくと踵を返した。


「国王陛下が話の通じる人で助かりました。少し怒りが治ったので……後日、国王陛下にはお詫びします…」


その言葉を聞いて、やっぱり根は良い子なんだろうなぁ、と国王は思う。溜め込んだ怒りが今回爆発してしまっただけなら、大事にする事もない。あいつには少し「娘の事を気にかけなよ」と声をかけるかもしれないけれど、妻や息子達の異変に気づけなかった自分が言えた義理ではないから、一緒に反省会でもしようか。

国王は先ほどまで圧倒されるほどの雰囲気を身に纏っていた少女が可愛らしい妹君に戻った事を確認し、「怒ってないから大丈夫だよ」と告げる。

すると妹君は少し耳を赤らめて、「お詫びはしますから!」と足を進める速度を速くしてしまった。その後を着いていくダークエルフの騎士は微かに肩を揺らしていて、良い関係が築けているらしい事が窺える。


「あ、そうだ」


そこで思い出したように振り返った姫は、国王を見てすまなそうに目線を下げた。


「気絶する程度に抑えてますから、たぶん大丈夫です……二人も加減は得意な方だし…」


それじゃぁ、と軽く頭を下げた姫がドレスの裾を小さく翻して出口へと足を向け、ダークエルフの騎士が扉を開ける。姫の言葉の意味がよくわからなかった国王が首を傾げれば、扉の隙間から見えたのは多くの横たわった黒い影。


「……あいつ、自分より厄介な娘を持っちゃったなぁ」


少しの同情を包んで囁かれた言葉は当然、カタルシアにいるだろう友人に届く事はなかった。


───











「あー!!自己嫌悪!!」


そう言ってせっかく整えた髪を乱した自分の主人を見て、ヨルは呆れてしまう。


「王様のほっぺペチペチ叩いちゃったよ!!一時間前くらいの自分を殴りたい!…あ、いや、一応解決したんだしオブラートに包めって言いたい…」


さっきまでの大国の姫然とした姿はどこへやら、こうして騒いでいるといつも通りの変人である。ヨルは、きっとオブラートに包んでも同じ結果になったと思うがなぁ、と心の中で呟き、前を早足で歩く主人の後をなぞっていく。

自分で暴れておいて何を言っているのか、と不貞腐れそうな気持ちで思い、時折整頓された道からはみ出ている邪魔な物を綺麗に避けて歩く姿を見ると何か文句を言いたくなってくるものだった。


「こっち、俺の出番なさそうだな」


だから、多少の不満を混ぜて言ってやる。残っていたら参加して良い、なんて言われたけれど、この数がこの短時間で片づけられたならヨルの出番はないだろう。

アステアは苦笑いをこぼしながら答える。


「ちょっと私も予想外です」


そう言いながら大好きらしい執事とメイドの元へ急ぐ主人を見て、ヨルは調子に乗ってまた言葉を吐く。


「次は俺にもやらせてくれよ?」


次なんてあるかわからないが、この光景を見れば期待くらいはしてしまうだろう。ヨルの言葉にまた苦笑いを溢したアステアは、けれど少し楽しそうに笑っていた。


「機会があれば、存分に」


二人の歩いた道には、あるいは進む道には、おそらく国の兵だろう男達が道脇で倒れ込んでいた。

お読みくださりありがとうございました。

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