第八十四話 眼鏡が真っ二つに割れた
「つまり、私が何をしてほしいかと言えば、さっさと王太子を決めてもらえませんかって話なんです」
「!?」
まだまだ続くだろうと思っていた罵倒の言葉が消え、姫が呆れたとばかりに溜息をつく。
「そうなればブラッドフォードだってさっさと姉様かっさらうし、クリフィードは気兼ねなく第二王子を謳歌できるし、あのクソママが、あ、王妃様の事ですね。あのクソママが変な気を回して変な勘違いと変な怒りをぶつける事もない。リディア伯爵は……できればプライドズタズタにしたいですけど、まぁそこは追々と言う事で納めて良いです」
全く納まっていないように思うが、それ以上に姫の口から紡がれる言葉の数々に目を回しそうになる。今まで少なからずの理性か何かで取り繕われていたらしい品の良い言葉が崩れ、姫の感情が見える言葉が並んだのだ。しかも、クソママ、プライドズタズタ…周りを貴族に囲まれて育った国王が聞き得てこなかった言葉ばかり…。あいつに育てられているからか?と考えて、すぐに第一皇女や皇太子の顔が浮かんだ。
この少女があまりに似過ぎてしまっただけに違いない…いや、あいつでも一応は皇太子だったのだ。もう少し丁寧な言葉を使っていたはず…。
端正な顔立ちからは想像もつかない言葉の羅列に溜息が出そうになった国王だが、やはりそれは目の前の姫が許さなかった。
「で、するんですか?しないんですか?」
「え?えぇと…」
問い詰められれば、なんだか言葉に詰まる。正直な事を言えば、王太子は長子のブラッドフォードでほぼ確定しているのだ。けれど、あの戦場で生きてきた男が王として責務を全うできるか、と聞かれると、すぐには答えられない。
例外として目の前の姫の父親は多才だったために、歴代皇帝の中でも頭ひとつ抜けていると噂されているが、自分の息子もそうかと言うと渋く頷くしかできそうにない。親の贔屓目抜きにして素質はあると思うのだが、やはり不安が残るのも事実という事なのだ。
「他国の王太子選定に口出しをするとは!」
プルプルと震えながら大人しく黙っていた宰相が声を荒げようとして、ギロっと姫に睨まれる。宰相は蛇に睨まれた蛙の如く黙り込んでしまった。
「するの?しないの?」
ずいっと顔が寄る。すでに苛立ちを隠さず表情に表すようになった姫は、言葉までもを友人に向けるようなものにしていた。もう一度、国王の頬をペシっと叩く。
「多少の同情はしてるんだよ、あんな女を王妃にする見る目のなさに。いろいろ我慢してあげてた私の地雷をぽんっと押す才能っていうのはみんな持ち合わせてると思うけど、あれは通常運転でもないわ〜。リディア夫人可愛い、私のお気に入りになっちゃいそう。それくらいリディア夫人と王妃様の母親としての苦悩っていうのはかけ離れてると思うわけ。ね?どう思う?姉様を気に入るところは評価できるけど、それ以外私の中で最底辺にいるからね、今。馬鹿みたいにカリアーナちゃんカリアーナちゃんって、人の姉を取る気ですか?ははっ、まぁあんなおばさんに姉様取られる気なんてさらさらないけどね?……何黙ってんですか、もうちょっと反応してくださいよ」
ペシペシペシ、軽くとは言え何度も叩かれた国王の頬は薄紅を浮かべている。親同士が決めた相手だとはいえ、今まで共に人生を歩んできた伴侶を侮辱されているというのに、国王は未だかつてこんな扱いを受けた事がなかったために放心状態だ。
そこでまだまだ愚直な年頃なのだろう、宰相の弟子が口を出してしまった。
「貴様!いい加減にしろ!!我々がお慕いする国王になんて口の聞き方を!!」
「あ”ぁ!?三下は黙ってろ!!頭しか取り柄なのない馬鹿の言葉なんざ期待してないんだよ!!」
今まで小さな波はあるものの美しい声色を保っていた音が、脅迫染みたドスの効いた声へと変貌する。
「そもそもの話としてあんたらが過保護に育てすぎなんだろうが!!王族だから?王子だから?王妃だから?はたまた王様だから?糞食らえそんなもん!!あんたら貴族のしきたりのせいでこっちがどれだけ気使ってると思ってんだクソやろう!!今まで溜め込んだもん爆発だよこっちは!神経質そうな爺が宰相ってありがちすぎるだろ馬鹿か!設定凝ってるくせにこういうとこ雑なんだよ!!制作者シバきたい!!しかも?しかもだよ、君のそのまっじめそーな眼鏡を私がかち割ったとしよう。そうしたら訴えられるのは私。そりゃそうだよね、貴族や皇族以前に暴力だもんね、私が悪いよね。でもね、それでも私は割ろう、その眼鏡を!だって私は怒ってるんだもん!」
「………へ?」
弟子の眼鏡が驚きのあまり微かにズレる。それと同時だった、姫の甘い声がその場の誰もの頭に響いたのは。
「歯ぁ食い縛れ、次期宰相か何かのお坊ちゃん」
パキッ──
痛々しいというよりは、清々しいまでにメガネが真っ二つに割れた音が小さく響き消えていく。弟子はバタンッ、と勢いよく倒れ込み、宰相の「め、メイソォォォン!!!」という声が次いで響いた。
そうか、そう言えば弟子の名前はメイソンだったか。
そんな現実逃避めいたくだらない思考が国王の頭を巡った。
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