第八十二話 にこりと一笑顔
途中から視点なしに変わります。
耳馴染みのない剣同士の金属音とか、状況を把握できていない人の怒声とか、そういうものでさえ今の私は苛ついてしまいそうなので申し訳ないけどヨルの出番はあまりない。強いていうなら扉を蹴破る役くらいかな…?
バンッ──
見事に扉を蹴破ってくれたヨルは、いつも通りの姿で私に道を譲った。エルフの忌み者の特徴である髪色が目に入った瞬間、クソ真面目そうな眼鏡が叫んだが、私の姿を見た瞬間に目を見開いて押し黙ってしまった。うん、私に何も言えない程度の奴は口を開くな。
宰相らしい神経質そうな初老の男が睨んできたので、にこりと一笑顔。なのにあり得ないものを見るような目で見てきやがったので、とりあえず無視を決め込んだ。
「いきなりの御目通り失礼いたします、国王陛下」
可愛らしく、そりゃもうアステアというキャラクターの可愛らしさを全開で挨拶してやれば、国王陛下様はいつもののほほんとした癒しの笑みは何処へやら、状況が飲み込めていないとばかりに目を大きく見開いていた。
「い、妹君…?どうしたの…?」
動揺を隠さず、やっとの思いで放たれた言葉を聞き、私は答えるのだ。
それはもう満面の笑みで、語尾にハートがつく勢いで!
「殴り込みです!国王陛下!」
───
まだ太陽が沈みきっていない、真っ赤な夕日が部屋に差し込む頃。フィニーティス国の国王は、仕事に勤しんでいた。
次から次へと書類の山を目の前に置いていく宰相は信頼できる家臣であり、その弟子だという若者は将来有望で仕事の進みは早い。仕事をする時間ですら伸び伸びとできるのだから、国王はある意味で王に向いているのかもしれない。
そんな王の元に、嵐は突然やってきた。
バンッ──
部屋に響いた何かを蹴破ったような音は、紛れもなく目の前で行われた行為ゆえに生まれた音。驚く国王より先に宰相の弟子が声を荒げた。
「カタルシアの姫が連れ込んだ忌み者か!?なんのつもりだ!!」
けれど、その声はある少女の登場によってかき消される事となる。
遠目で見ても美しいとわかる白髪に、カタルシアの皇族の中でも一際珍しい二色に輝く瞳。シンプルなデザインのドレスが少女の可愛らしさとまだ幼く危うい美しさを演出していた。
──アステア・カタルシア・ランドルク──
軍事力最大国家カタルシア帝国の第二皇女であり謎に包まれた麗しの姫。
装いからして姫の騎士なのだろうダークエルフは、エルフの中でも忌み者として差別されているという男。あいつの娘なだけに変な者を好むんだな、とは、心の中だけに留めていた国王の本音だった。けれど、なぜだろうか。今だけは、そのエルフが聖騎士であるかのように映るのは。
姫の側に佇み静かに言葉を待つ姿に見惚れぬ者はおらず、神経を研ぎ澄ませているだろうはずなのにそれを微塵も感じさせない、まるで波風の立たぬ海のような姿は感服せざるを得ない。自然と耳に届いた息を飲む音はおそらく最初に叫んだ宰相の弟子のもので、姫を訝しむような見つめていた宰相はいつの間にか目を見開き、弟子と同じく息を飲んでいた。
にこりと、姫が華のように麗しき笑顔を浮かべる。
その笑顔は優しさの滲む天使の表情に見えて、災いを呼ぶ悪戯好きの妖精の表情にも見えた。
「いきなりの御目通り失礼いたします、国王陛下」
声までも清い姫に、国王は言葉が出なかった。それは宰相や、その弟子も同じだったのだろう。数拍の沈黙が訪れた後に、国王はこの場で自分しか姫と対等に話し合える者がいないのだと気づく。普通であれば宰相は国の最高位貴族の一人であるのだから、他国の姫と話し合うなどたやすくできるだろう。だが、それがカタルシアの皇族となれば話は別だ。
国王の友人が皇帝を務める国である事ももちろんの事、加えて、カタルシアは「軍事力」という点に置いて、一対一であればこの世の全ての国を平伏させる力を持つ国である。そんな国の姫相手では、宰相であっても挨拶をする事すら注意を払わなければいけないのだ。
「い、妹君…?どうしたの…?」
できるだけ、いつも通りの口調で問うた。元々仲の良い男の娘だ。このくらいの悪戯ならばまだ許せるし、何か問題があれば事を荒げないよう優しく注意するだけに収める事ができるだろう。だが、国王の思いとは裏腹に、姫の放った一言は、この場の全員の頭を一度ショートさせる事など簡単にできてしまうほどの威力を持っていた。
「殴り込みです!国王陛下!」
無邪気な子供のような声には隠す事もできないまま剥き出しに曝け出された怒りの色が篭っていた。それがいつの日か戦場に立ったまま笑顔を浮かべていた、狂った時代のある男に酷使していて、国王は、密かに息を飲んだのだった。
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