第八話 単純明快、嫌いなものは嫌いです
「よく来てくれた。まさかカタルシアが参加してくれるとは思わなかったぞ」
「お久しぶりです、国王陛下。アルバは大層賑やかで、母国に戻ると静かすぎて少し寂しくなってしまいましたよ」
兄様が社交辞令と少しの本音を混ぜて挨拶すれば、兄様と話していた男は笑顔で一つ頷いて見せた。
アルバ国の国王であるヒロイン、リリアの父親。
──アーロン・アルバ・ファニング──
商業の国の王とあって人脈も広く、敵に回すとめちゃくちゃ厄介な人物だ。
カタルシアは軍事国家と言える国なので、今は少し兄様を警戒しているようにも見える。
「あぁ、そうだ。ご紹介が遅れました。私の妹のアステアです」
兄様が隣にいた私を差し出すように背中を押すので、仕方なく一歩前に出る。
「お初にお目にかかります。カタルシア帝国第二皇女、アステア・カタルシア・ランドルクでございます。以後お見知りおきを」
小さく頭を下げ、ドレスの裾を上げる。三秒ほどして頭を上げれば、ニコニコとしたアーロンと目があった。
「これはこれは、天使の妹君は妖精か。あの皇帝殿が隠すのも頷けるというものだな」
??…何言ってんだこの人。
アルバとカタルシアは王同士が一、二度だけ顔を合わせた程度の仲だと記憶しているんだけども。ゲームでも「会ったのは数回程度」って言ってるし。
……いや、全部が全部ゲームの中と同じとも限らないか。
流石にこっちではみんな生きてるわけで、全てのキャラクターの設定や生い立ちを知っているわけじゃない。考えすぎは良くない方向に進みやすいから注意しないと。
それに、今は私の目的が最優先だ。
「お褒めに預かり光栄です。一つお願いしたい事があるのですがよろしいですか?」
「もちろん。可愛らしい姫君の願い、できる限り叶えよう」
「…では」
一度、息を飲む。
「アルバ国には美しい姫君がいらっしゃると聞いたのですが、ご挨拶させていただけないでしょうか」
短い沈黙。
アーロンはスゥッと目を細めると、頷きの代わりというように「…ほう」と声を吐き出した。
「アレに興味がお有りか、姫君よ」
自分の姫をアレ呼ばわりとは、酷い父親だ。
アーロンは娘であるヒロインに興味がない。
ゲームの設定では、アーロンは商人として「完璧な品」というものが大好きだった。完璧こそが美しいという持論を持ち、自分の後継である王太子にも全てを与え、そして全て完璧に行わせてきたほどに。
美しい見た目だけを見れば完璧とも言えるリリアに興味がないのは、女性としての役割を全うできないという「不完全さ」があるから。
父親というにはあまりにも酷いが、それが国王であれば国は回る。
………まぁ、そのせいで妹を愛してしまった王太子に殺されるのだが。
「……あいわかった。美しく愛らしい姫君の頼みだ。リリア!来なさい!」
父親に呼ばれ、王の後ろに控えていた少女が駆け足でやってくる。
下を向いているせいで顔が見えない。美しく靡く金色の髪は美しいのに、これでは勿体ないというものだろう。
「お目にかかれて光栄です。リリア・アルバ・ファニング王女殿下」
「あ、は、初めまして…リリア・アルバ・ファニングです!」
……先に私が名前を言ったから、普通は私の名前に敬称をつけて返すのが礼儀なんだが…。
これはまさか、礼儀諸々を習っていないとかなのか?
「はぁ……お前は礼儀の一つも身につけられないのか。もういい、下がりなさい」
おいいいい!勝手に下げるな馬鹿野郎!
待って、今のが少しミスをしちゃった娘に対する態度か?娘の失態を謝ってフォローしてあげるとかは?ないの?………予想以上にハードだな、ヒロインさんよ。
父親がこれじゃあ、当然王宮内では迫害されるだろう。
王宮では王族が全てであり、その長たる国王の意思が王宮の意思。他国の目がある公の場でこんな扱いをされているとなると、パーティーにあまり出席しないのも一種の嫌がらせの可能性があるな。というか確実にそうなんだろうな。
正直、物凄く苛ついてしまう。こういう親は嫌いだ。
私が顔を歪ませた事に目鋭く気付いたアーロンが「すまんな」と謝る。
「アレには礼儀を教える教師もつけているのだが、物覚えが悪いんだ」
これで、一言庇いでもしたらどんなにマシか。
この男は娘をなんとも思っていないのだろう、虫唾が走る。
「教師…ですか。アルバの教師ならば、さぞ頭が良くていらっしゃるのでしょうね」
「おぉ、そうなのだ。なのにアレは一向に何も覚えなくてなぁ」
……それは、教師が何も教えていないからだ。
ゲームの冒頭でヒロインが「私は何もできない出来損ない」と言う場面がある。だが、そこでヒロインの兄である王太子は「それは違う。お前は優秀だよ」と慰める。
そして事実、本来のヒロインは教えればなんでも吸収する聡い子供のはずなのだ。なのに王太子ルートの過去編では、ヒロインは食事を与えられるだけの、なんの面白みもない生活を送る姿が描かれていた。
どんなに元が良くても、そんな生活じゃ優秀に育つわけがない。
──リリア・アルバ・ファニング──
ゲームでは大袈裟に書かれているだけだと思っていた。
現実であるこの世界では、少しはマシな、最底辺でも王女として扱われていると思っていたのに。
「優秀な教師が王族の姫一人教育できないとは、笑わせますね」
にこりと微笑めば、アーロンの目が少しだけ冷たくなったような気がした。
だが、嫌いなものは嫌いだ。
嫌なものは嫌で、嫌いなものはどうしようもなく嫌い。
単純明快、とてもわかりやすい。
「…私はこれで失礼させていただきます。まだ国王陛下に挨拶したいという方が多いようなので」
私がそう言ってささやかながら頭を下げれば、アーロンは「あぁ」と抑揚のない声で答えただけだった。
お読みくださりありがとうございました。