第七十九話 なんでそうみんな勘違いばかりする
前世でも今世でも、家族には恵まれた方だと思う。大好きな姉がいて、一緒にいて楽しかったり、心が落ち着いたりできる家族がいる。だからなのかもしれない。私が、リディア伯爵やリディア夫人に憤りを感じているのは。
まさかここまで切り込んでくるとは思わなかったのか、私を見つめて目を見開くリディア夫人にふっと笑いかける。こちとら最初からここが勝負どころだと思って来てるんだ。このくらいで驚かれても困る。
「才能に溺れて人生を違える者は愚かな人です。才能があるにも関わらずその才能を開花させられない人もまた愚かです。そして何よりも、その才能に気づく事すらないまま潰す人間が、私は嫌いなんですよ」
開花させない事と、潰す事は全く違う。開花はどんなに時が経っても花開くチャンスがあるはずだ。けれど、潰すという事は壊すって事で、その才能を殺すという事。そして開花させない事より、潰す事の方が簡単にできてしまう。それが親ならなおさら簡単だろう。頭を押さえつけて「お前はこれをしなさい。これが正しいんだ」って言い聞かせれば良いんだから。
「随分と、辛辣なお言葉ですね」
子供を思う母の顔。それはとても辛そうで、同情を誘うにはもってこいだ。
………リアンからリディア夫人の話を聞いた。
リディア夫人はそれはそれは良い母だった。時に優しく時に厳しく、リディア伯爵が放任主義なだけに子供達をよく見て、暖かく見守る。そんな母だったそうだ。態度はどちらかと言えば厳しく見えるものでも、その裏には優しさが隠れている事を子供達が察する事ができていたんだから、とても優しい人なのは間違いないのだろう。だけど、優しさと正しさと、それから暖かみ。その三つを持ったこの人は、子供から受けた裏切りとも言える行為に耐えられなかった。
リアンが消えてから、どんな思いで過ごしていたのだろうか。
辛かったか、憎かったか、寂しかったか。
ただ虚しくて、何を思う事もできなかったか。
一般家庭での家出なんて大した騒ぎにはならないかもしれない。けれど、それが貴族となれば、あまつさえ跡継ぎの家出となれば一大事だ。なのに夫であるリディア伯爵は全てわかっていたかのように大事にはせず、ただ傍観するのみ。それにも絶望した事だろう。
あぁ、でもなんでだろう。私はリディア夫人に同情できないのだ。それはきっと私が母親じゃないから、子供がいないから、夫がいないから。もしかしたら心がないからかも。
「リディア夫人、自分の子供の才能を、潰さないでください」
貴女もリディア伯爵の思いの被害者だとはわかっている。だから、優しく言ったつもりだった。
けれど。
「〜っ!!貴女に!!何がわかるって言うのよ!!」
ガシャンッ──
リディア夫人が叫んだ瞬間、私の顔を気に入っていた爽やかな香りが包んだ。
遠目で確認すれば、控えていた従者達の顔色がなくなっていた。今にも死にそうな顔ですねぇ、可哀想に。別に怒ってないよ、挑発したの私なんで。
「今まで愛情を込めて育てたわ!なのにあの子は!あの子は私を裏切ったのよ!?きっと私の事を母親とも思ってないんだわ!!」
ボロボロと年甲斐もなくリディア夫人の頬を伝う涙は、なんと身勝手な涙なんだろう。愛情をかければ愛情が返ってくると思っている。…いや、それは実際そうでなければ虚しすぎるから、別に身勝手というほどでもない。ただ、なんでみんなそう勘違いばかりするんだって話。
「リアンが貴女に向かって、愛情がないと言った事はある?」
伝えられなければわからない?けど、リアンは家を出るまでずっと、夫人や伯爵、リンクに精一杯の愛情を注いでいなかった?
私は話を聞いただけだけど、リアンの愛情を感じたよ。リアンがどれだけ家族を愛してるか、赤の他人の私がわかるんだ。なんで、それが母親である貴女に伝わっていないんだろう。
「リアンはさ、貴女の事を愛してるよ。自分の気持ちで家を出たのは確かかもしれないけど、貴女が与えてきた愛情は無駄なんかじゃないし、その愛情を、リアンはきっと返してくれる。貴女の息子は、たぶんそういう人なんじゃないかな」
穏やかに、波なんて立てる必要はない。
ただ、子守唄を歌うみたいに囁けば、リディア夫人はまたボロボロと涙を流して、「私だって…わかってるのよ」と呟いた。
「あの子が自分の気持ちに嘘がつけない子だって、わかってるのよ……だけど、あんな風にいきなりいなくなるなんて…」
「それで、リンクの事も?」
コクンと頷く姿を見て、なんだか子供みたいだなぁと思う。
「あの子は、優しい子だから」
そう言ってまたポロッと涙を流したリディア夫人は、ごめんなさい、と呟いて、今まで何を思っていたのかを話してくれた。その間、私はリアンから話を聞いた時みたいに、小さく頷く事だけを繰り返していた。
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