第六十九話 あぁ、もう認めてやる
ブラッドフォード視点です。
断ろうと思っていたのに、少し見つめられただけですぐに了承してしまった自分が嫌になりながら、彼女を見つめる。口を手で隠してしまった彼女は目をまん丸にさせて、先ほどまでの笑みとは違う、おそらくはいつもなら絶対にしないだろう表情をしていた。
「どうされたんですか?」
「あ、えっと…あ!そう!相手の方に会うのは大切な事ですけど、意思を示すだけでもだいぶ違うと思います!」
焦りながら並べられる言葉を聞いて、あの母相手に?という顔をしてしまう。姫君もそれを察したようで、「王妃様相手に…ダメですね…」と肩を落としていた。
息子に面と向かって「この子を射止めなさい!」と言ってくるような母だ。意思を示した瞬間、畳み掛けるように縁談を持ってくるに違いない。現に姫君への好意を告げた時には、俺を激昂させるまでの喜びを見せたのだから。
「…少し先延ばしにするくらいなら良いかもしれませんね」
フォローのつもりで慣れない微笑を浮かべれば、姫君の表情が微かに引きつる。……やはり、俺の笑顔はぎこちなく見えるのだろうか。
「……今更ですけれど、第一王子殿下は意中の方などはいないのですか?」
姫君からの問いに、体が固まった。
「もしいるのなら、王妃様は反対などしないような気がします。そのお相手が例え一般の騎士であれ、下町で働く町娘であれ、王妃様は、祝福されると」
母が俺に姫君との結婚を勧めていたのは、俺が誰の事も好意的に思っていないからだった。もし俺に好きな人ができていたなら、弟の方に「カリアーナちゃんを射止めなさい!」と迫っていた事だろう。もっと言うなら、俺と弟の両方に伴侶が見つかれば、無理矢理にでも親戚の中から姫君に合う男を見つけるはずだ。
そんな事をするくらい、母は姫君の事を気に入っているし、俺や弟の恋路に口を出す事はしない。そう考えると自分は恵まれているのだな、と思う。
………姫君は、俺に意中の相手がいると言ったらどんな反応をするのだろうか。ふと気になって、自分よりも随分下にある瞳を見た。
目が合ったのは、ゆらりと不安げに揺れている瞳。
「意中の相手は、いますよ」
いつの間にか口から出ていた言葉に、姫君は美しい目を大きく開いて、次の瞬間には悲しげに目を伏せてしまった。
「そう、なのですね…」
その声があまりにか細くて、脳が一瞬だけ働きを停止させた。
…そんな顔をされたら、勘違いしそうになる。決してあり得ない想像が胸で踊って、期待が膨らんでしまう。知らず知らずのうちに熱くなった顔を片手で覆った。姫君が俯いてくれてよかった。こんな情けない顔を見られたらどうしようもない。
「姫君…」
どうにか顔の熱を収めて、彼女を呼ぶ。顔をあげた姫君は、やはり酷く落ち込んでいるようだった。
「…どんな方、なのですか?」
「え?」
「意中のお相手です…きっと素敵な方なのでしょう?」
素敵だとも。女っけのない俺が一目で惚れてしまうくらいには。
「……会った時には、目を奪われていました」
考えていた事をそのまま口に出す。すると姫君は、口を結んで息すら止めてしまうのではないかと言うほど手に力を込めていた。
「声を聞けば心が安らいで、笑顔を見ればこちらまで嬉しくなった」
姫君は俺が話す誰かの事を想像して、そんな顔をしているのだろうか。そう思えば思うほど、なぜか言葉が紡がれる。
「話す事ができるだけで幸せで、それとは反対に、私では幸せにできないから距離を置きたくなるほど、彼女の事を思っています」
相手は貴女なのに、段々と暗くなっていく貴女が愛おしいと思ってしまった。
…もうここまでくれば誰だってわかる。そしてもう一つ、わかった事があった。
「俺は存外、物わかりの悪い男のようだ」
「えっ?」
できるだけ怖がらせないようにと落ち着いた口調で喋っていたが、自分の化けの皮をわざと剥がす。すると面白いほどに反応した姫君は、驚いたように目を瞬かせた。
王太子になる弟と結ばれれば国の人々から慕われ、とても愛される事だろう。逆に国の者達から恐れられている俺に手を引かれれば愛されるどころか敬遠され、王太子妃にもなれない。
どちらが幸せかなんて、わかりきっているはずなのに。
やっぱり同類でしたね!としたり顔をしてくる部下達を思い浮かべる。あぁ、もう認めてやる。恋仲の女を置いて戦場なんかに来ているお前らと俺は同類だ。
わかりきっている事実なんかには無視をして、愛おしいと思ってしまった人に手を伸ばす。
「申し訳ない、戦場の男というのは共通して馬鹿なんだ」
そう言いながら彼女に触れれば、彼女は天使とまで謳われているらしい神秘的な大きな紫の瞳をさらに大きくして驚いて。
俺は自然と笑みを浮かべ、彼女を見つめた。
「俺の手を取っていただきます、カタルシアの天使殿」
さらりと揺れる髪を一束掬い、自分の口元に寄せキスを落とす。真っ赤になった可愛らしい彼女と、目が合った。
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