第六十八話 その事実が、私は辛いのね
カリアーナ視点です。
「その頬、どうされたんですか…?」
引き止める理由が見つからなくて、咄嗟に目についた事を聞く。すると第一王子殿下は自分の頬に手を置いて、そうして次の瞬間、顔を青くさせてしまった。
「……これは…」
気まずそうに彷徨う視線が聞かれたくなかったんだという事を物語っていて、やってしまった、と心の中で嘆いた。
「聞かれたくありませんでしたか…?」
「!い、いえ!情けない話なので姫君にお話しするような事ではないという事で、決して嫌だと言うわけではないんです!だからそんな顔はしないでください!」
慌てて弁解する第一王子殿下と、目が合う。きっと、私は物凄く情けない顔をしていたに違いないわね。こんなに慌てられるなんて。
「ふふっ、ごめんなさい」
「いや、姫君が謝る事では…」
どうやら口下手らしい第一王子殿下は私が笑った事で安心したのか、「ふぅ」と息を吐いてあからさまに胸を撫で下ろしていた。…もしかして、噂とは全く違う可愛らしい方なのかしら。
「王子殿下、もし宜しければ、お話を聞かせていただけませんか?私忘れっぽいから、きっとすぐに忘れてしまうかもしれないですけれど」
にこりと、よく褒められる笑みを浮かべれば、第一王子殿下は困ったような顔をして、言葉の真意を探るように見つめてきた。本当に、言いふらす気なんてないのだけど、まわりくどい言い方が逆に怪しく感じられてしまったのかしら。
「ダメ、でしょうか…」
昔アステアに教わった「おねだりポーズ」というものを使ってみる。確か、少し首を傾げて上目遣いだったかしら。お兄様にしたら一発だったのよね。
「!?…あ、いや…………ご一緒させていただきます…」
!!!
「ありがとうございます!」
ありがとう!アステア!第一王子殿下にも効いたわ!
嬉しくて、思わず褒められたものではない素の笑顔を浮かべてしまう。私の表情を確認した第一王子殿下が顔を隠してしまったのはなぜかしら…少し耳が赤い…?
───
第一王子殿下が話された内容は、王妃様にお叱りを受けたと言うものだった。
「母を怒らせたのはいつぶりでしょう…」
叱られてしまった理由を聞いても答えてはくれず、話の節々から察するに「国にいる間に息子を婚約させたい母親と、反発する息子」というところなのかしら。
王妃様、婚約、という二つのワードが揃ってしまうと、嫌でも思い浮かぶのが自分という事実には見ないふりを決め込みたい思いだ。けど、それを抜きにすれば、この話の根元は確実に…。
「…ごめんなさい。どちらかと言うと王妃様に共感してしまうかもしれないわ」
「!?」
「だって、婚約者の候補の方に会う事すらされないのでしょう?母親の立場からすれば怒鳴りたくもなってしまうような…」
「…ですが、私は戦場にいる身ですし…」
戦場を駆け抜ける姿を英雄や勇者にまで例えられる第一王子殿下ゆえの悩み。けれど、何を悩む事があるのか。
「戦場にいる息子に、わざわざ婚約を勧める母などいないと思いますよ?」
「……?それはどういう…?」
いつ死んでしまうかもわからない死地にいる息子との縁談など、相手が他人であっても王妃様がするはずがない。私に良くしてくれる王妃様しか知らないけれど、あの方は、とても優しい方だもの。
「つまり、王妃様は第一王子殿下が亡くなられる事はないと思っているのではないですか?」
「?……??」
ますます意味がわからないという顔をする第一王子殿下は、やはり噂とは真逆の、とても可愛らしい方だ。なんだか素直に教えるのが勿体ない気がしてきて、少し遠回りな言い方をしてみる。けれど、それが間違いだった。
「…一度、相手の方に会ってみてはいかがですか?」
第一王子殿下の顔が、少しばかり暗くなる。
「会う…ですか」
なんとなく第一王子殿下を何か傷つけてしまったと察する。それになぜなのかしら、私が私の発言にチクリと痛みを感じているのも事実で。
「姫殿下は、会った方が良いと思われますか?私が、相手の方に」
「え?えぇ…王妃様を、安心させるには一番かと…」
そこで、やっと自分の感情に気がづいた。
私は王城へ足を運ぶたびに会えるのではないかと期待して、会えなくて肩を落としていたのに、第一王子殿下は王妃様や他の方を思って悩んでいた。
………その事実が、私は辛いのね。
これじゃあ、レイラを恋愛の事でからかえないわ。私だって、こんなに鈍感なんだもの。
「……そうですか」
落ちた声に、俯きかけていた顔を上げる。すると見えたのは、酷く傷ついていた顔をした第一王子殿下だった。
「ち、違います!!」
それは咄嗟に出た言葉。驚いたように目を見開いた第一王子殿下を見て、私は何を口走ったのかと自分の口を手で塞いだ。けど、やっぱり遅かったみたい。
「それは、どういう意味ですか…?」
聞いてくる第一王子殿下に、どう言葉を紡げば良いのか、私の頭がフル回転した。
お読みくださりありがとうございました。




