第六十七話 緊張していた自分が馬鹿みたいだ
レイラ視点です。
人の気配がして一瞬気が逸れてしまったが、それでも私はリアンを見つめた。
「何もできないまま、それが小さい事であれ大きい事であれ、諦めなきゃいけない人間の気持ちが、あんたにわかる?」
リアンにだって苦しみはあっただろうけど、何もわからず、ただそれが正しいのだと押し付けられる人間の気持ちなんて、きっとリアンにはわからない。リアンの苦しみと、おそらく小伯爵が感じていただろう苦しみは全くの別物で、それで、私が共感してしまうのは、小伯爵だから。
「わか、る。やっと、俺もそれに気付いたんだ。だから、俺は…」
責められているからなのか、歯切れ悪く言葉を並べるリアンを見つめて、静かに言葉を待つ。そして、数秒してから、やっとリアンが口を開いた。
「当主に、なろう、と…」
「っ!そんな身勝手な!!」
「わかってる!!けど、そうすればリンクだって自由になるだろ!?それに、何よりあの方が望んだんだよッ!!」
リアンは普段から、楽しい時は大きな声、悲しい時も悲しさを吹き飛ばすみたいに大きな声を出す。それがふざけているからだって事はみんなわかっていて、それに救われてる人だって見た事があるくらいだ。
だけど、これは、違う。
こんなに苦しそうに声を荒げるリアンを、見た事なんてない。
「……あの方って…」
「わかる、だろ。俺にだって手に入らないものができたんだ…」
裏を返せば今まで手に入らないものがなかったとでも言いたげな言葉に、腹が立ちそうになる。けれど、主人に忠誠を捧げる一人の騎士として、リアンの言葉は痛々しすぎた。
………身勝手なのは私なのかもしれない。
だって、昔の自分と重なって見えてしまった小伯爵の事を勝手に庇って、騎士として一番に求めるものを掴む事ができないリンクを責めて。結局、どっちにも共感して。
「もう…わかんない…」
自分で決めて問いただしたくせに、泣きそうだ。感情がぐちゃぐちゃで、何を言えばいいのかわからない。
「泣くなよ…俺が悪いみたいだろ…」
泣いてなんていないが、リアンにはそう見えたのか、先ほどの苦しそうな姿が嘘のように苦笑いを溢しているリアンと目がかち合った。
「泣いて、ない」
「そうか?まぁそういう事にしておいても良いけど…」
「泣いてないって言ってるでしょ!!バカリアン!!」
バンッ、とリアンの胸を叩く。結構強く叩いたつもりだったのに、リアンはびくともせずに「力強いって!」とふざけ始めた。
「……レイラ、考えまとまってないのに発言するのはやめろ」
「!!」
「レイラは深く考えずに行動するから考えがまとまらなくなって、言ってる事が行ったり来たりしてんだよ。気を付けろ」
なんだか、急展開すぎてついていけていない気がする。さっきまで怒鳴っていたのは自分で、リアンは痛みを訴えるみたいに叫んだはずなのに、リアンの行動一つで、私が説教される側に回ってしまった。
「返事は?」
「……でも、リアンだって考えなしに突っ込む事ある…」
なんだか気に食わなくて反論すれば、「そ、それは…だな…」と視線を彷徨わせる姿は、いつも私が見ていたリアンだった。
「…………余計な事、言ったかも。ごめんなさい」
「!…「かも」って付けるのがお前らしいな!」
「うるさい!」
素直に謝ったのにちょっかいかけるな!!
「うるさいとはなんだよ!俺がいつも許してやってるからこうして言い合えるんだろうが!!」
「何様!?そもそも許してやってるって何よ!だいたいいつもリアンが悪いんじゃない!!」
なぜか喧嘩が始まる。けど、これは本気のなんかじゃなくて、ただの言い合いみたいなものだ。
小伯爵の事で言おうと思った事はもちろん、馬車の中で考えていたリアンとの会話さえ忘れてしまうような、いつも通りの言い合い。
「もう少し素直になった方が嫁の貰い手が見つかるんじゃないか?」
「余計なお世話です!そもそも騎士の結婚適齢期はもうちょい先だし!!」
人が気にしてる事をズケズケと!……なんか、緊張していた自分が馬鹿みたいだ。
「はぁ…一回紅茶飲む…」
気が抜けたせいで疲れがどっと押し寄せてきた。幸いにも紅茶は鼻を抜ける爽やかさが特徴のお茶だったようで、冷めていても美味しい。
飲み干してしまった紅茶を机の上に置き、大声を出した事で暑くなった体を冷やすために窓の近くへ行く。そして見えたのは、リアンがいつの日か「俺に家の庭、結構すごいんだ」と自慢していた庭園で花が咲くような笑顔を浮かべているカリアーナ様と…。
「……えっ」
「?レイラ…?」
──きっと、すぐにわかるよ──
第二皇女様に言われた言葉が頭にこだまする。もう何に呆れて良いのかわからないけど、眉間に皺がよる事はなんとか我慢して、溜息を溢すだけに抑えた。
「本当に、今日は目まぐるしすぎますよ…」
誰に向けた言葉でもない、強いて言うなら第二皇女様へなのかもしれない言葉は、窓から入る風によってかき消されたのだった。
お読みくださりありがとうございました。




