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第六十五話 急落下で落ちて来た

リンク視点になります。

子供の頃、兄貴に憧れていた。そりゃもう、俺のヒーローは兄貴一択だった。

運動神経抜群で、リディア家の当主として重要な剣技の才能はずば抜けていて、誰とでも仲良くなってしまう。……勉強はいまいちだったが子供の憧れにそんなものは必要なかったし、俺より大きな世界を見ている兄貴の背中が好きだった。俺より多くの事を知っている兄貴を魔法使いみたいに思っていた時期もある。それを話すと決まってサーレに、「仲良いね〜」と言われて、それでニヤけていた事も、まぁ、ある。

…そんな幻想が崩れたのは、兄貴が家を出た次の日。

家を抜け出して街をぶらぶら散策する事も多かった兄貴が、初めて帰ってこなかった。当然屋敷の人間が大慌てで探したけど影も形もなく、加えて兄貴の衣類や愛用していた剣がなくなっていた事から、簡単に家出と判明した。

なんとなく、兄貴がリディア家に何か思っている事は知っていた。

騎士としてこの上なく素晴らしい兄だけど、それ故に何かを探し求めている。その何かはきっと俺が必要としていないもので、俺には理解できない何かだ。そして、そんな兄貴を尊ぶように見守る父。今思えばおかしい光景だった。


「話、しにきたんだけど」


扉の向こうから声が聞こえて、ハッとする。

馬鹿馬鹿しいにも程があるが、兄と仲が良いらしいレイラという騎士団長が何を話すか気になって止めていた足に苦笑いを溢した。盗み聞きなどするわけにはいかないな。そう思って来た道をなぞるように帰ろうとすれば、また聞こえてきたのは、兄貴の声だった。


「まずはなんでここにいるのか聞きたいところだが…その顔は結構真面目な話みたいだな。それじゃあ仕方ない。できれば、リンクの事以外で頼みたいんだが?」

「……」


兄貴の予想通り、女騎士団長の話の内容は俺だったらしく、短い沈黙が訪れていた。……女騎士団長と俺、何か接点でもあったか?…心当たりが全くない。

女騎士団長が言葉を返すまでの間、俺も思い出す。けれど、やはり接点などないはずだ。


「…リアンが何を考えているのか知らないけど、小伯爵は自分の責務ではない事を全うしようとしてる。次期当主としているべきはあんたでしょう。何考えてるのか、洗いざらい吐いて」


まるで尋問するような言葉に笑いそうになる。兄貴相手にそんな事言う女なんて見た事がなかった。大体が兄貴に好意を持ってたからな…。


「お前に言わなきゃいけない事はない。それに、次期当主の話はリディア家の問題だろ。なんでお前が口出ししようとしてるんだよ」

「口出しするつもりはない…けど、あの子は諦めかけてる気がするんだよ」


諦め、その言葉が出て来た瞬間、数年前の記憶が呼び起こされる。

兄貴が家出した後、当然のように次期当主として俺が矢面に立たされた。父はそれが当然であるように、母は兄よりもっと素晴らしい当主となるように、俺に次期当主としての責務を全うさせようとした。…それが苦痛だと感じたのは、おそらく魔道具の工房を取り上げられてからだろう。

サーレと秘密基地のような感覚で作ったもう一つの小さな工房がなければ、今の俺は魔道具にすら触れていないはずだ。兄貴に騎士としての才能があった分、俺には魔道具の才能があった。謙遜はしない。それが事実だから。

けど、父は戦場で生きていた人間で、正直言って巧みな技術者の腕を見ても「ほ〜…上手いもんだな!」と雑把な言葉しか出てこない人だ。だから、俺がいくら「趣味としてでも」と頼んでも、騎士としての精神を叩き込むためにそんなものは必要ないと奪われてしまう。

最近の出来事で言えば、サーレに「好きな事はできる」と言われたのもそうだ。できるわけがないだろう。父の一言で吹き飛んでしまった工房を見て、時間をかけて作った魔道具達が捨てられる姿を見て、俺がそれをどんな感情で見つめたか。なんで一番近くにいたお前がわかってくれないんだ。


その後、追い討ちをかけるように、母から呼び出された。


また何か言われるのか。はっきり言って父よりも俺に与える影響が強い母とは会いたくなかった。何も、言えなくなってしまいそうだったから。


──リアンを当主にするつもりはありません。肝に命じておきなさい──


何を見抜いたのか、目を見据えられて、体が固まった。やっと、やっと兄貴が帰ってきて終わるかもしれないと思っていたのに、悪夢がまた襲って来た気分だ。その後、何を聞いて何を喋ったかなんて思い出せない。たぶん翌日にはサーレが会いに来ていたけど、適当な言葉を返して帰らせた気がする。

とりあえず帰って欲しくて、あいつが喜びそうな事をして…。

………やめよう、こんな事を思い出して何になる。

最悪の気分を切り替えたくなり今度こそ足を進めれば、やはり聞こえて来たのは女騎士団長の、声。


「あの子を、ちゃんと見てあげてるの?」


その言葉は当たり前のように紡がれて、俺の頭に急落下で落ちて来た。

お読みくださりありがとうございました。

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