第六十四話 私にできる事
レイラ視点です。
「なぜ、兄を探しているんですか?」
歩みを止めずにかけられた言葉は、私の耳にストンと落ちてきた。それはおそらく、目の前の青年がとても落ち着いているからだろう。
「友人だからです。お世話にもなったし…」
リディア小伯爵は質問を投げかけた時と同じく、「そうですか」と、本当に淡々とした口調で声を返してきた。
リアンと比べればある程度の人は落ち着いて見えるが、彼は別格だ。風格が次期当主としてとても相応しく見えるし、何より幼さを感じさせない佇まいは拍手を送りたくなる。女は男の後ろにいるべき、なんて考えの両親から逃げたくて、今思えば親不孝な事をしてカリアーナ様の騎士になった私とは雲泥の差だ。同じ伯爵家の子供なのに何が違うのか……考え込んでも仕方ない事か。
「……」
「……」
沈黙が重い。
兄弟らしく、リアンと顔立ちが似ているリディア小伯爵といると妙に気まずいものだ。しかもリアンはよく喋るタイプだから、余計にリディア小伯爵の無言が無駄な思考を巡らせる。
「……あの…」
どうにかこの沈黙を破りたくて声を出せば、リディア小伯爵は小さく振り向いて「はい?」と声を返す。ダメだ、何を聞くか考えてなかった。
「え、と、あー…り、リアンは!子供の頃はどんな感じ、でしたか?」
「………」
口に出した時にはもう遅い。これでは私がリアンを凄く気にしてるみたいな…あぁ!もう!どんな質問をすれば正解だったんだ!?
「…兄は、家では父とよく稽古をしていましたよ」
「!」
どうやら答えてくれるらしい。私がリアンを気にしているみたいに思われていたら少し嫌だが、答えてくれるなら聞くに越した事はない……ちょっとだけ、リアンの幼少期が気になる、という下心には見ないふりをしておこう。
「剣術の才能があって、どんな人相手でも笑顔で接する事のできる兄はみんなの憧れというやつでしたね。父と母もそんな兄を誇りに思っていました」
どちらかというとおちゃらけて情けない印象の方が強いが、子供の頃はそんなだったのか…。
「まぁ、そんなものは幻想だったのだと、今考えると思ってしまいそうになりますけどね」
感情の籠もっていなかった言葉が突然荒いものに変わる。別に口調が荒いわけではないけれど、何か、蔑むようなものに変わったような気がしたのだ。
「あの…」
「貴女は兄の事を心配しているようですが、兄にそんな価値はないと思いますよ。人の事を考えない馬鹿な男、それが兄ですから」
歩みを止め、こちらに振り向いたリディア小伯爵の目は、私を映してはいなかった。私を通して、何かを見ている。それはもしかしたら、リディア小伯爵が語った「兄」なのかもしれない。
「………リアンは、貴方に何かしたんですか?」
これが年上や同い年ならまだ感情的になったかもしれない。けれど、目の前にいるのは年下で、何かに迷っている青年だ。
私の問いに目を見開いたリディア小伯爵は、「何も?」と呆れたように答えた。
「何も言われていないし、何もされてもいない。ただこの家に置いていかれただけですよ」
その目が、全てを諦めかけていた時の私と重なった。あの時、私もカリアーナ様に出会わなければ、きっと彼のようにどうすれば良いのか分からず、何もかもを諦めていたに違いない。そう思うと、どうしても放っておく事などできなかった。
「リディア小伯爵…私は」
「兄は身勝手な人、ただそれだけです。さぁ第一皇女殿下の騎士団長殿、兄の部屋まではあと少しです。早く行きましょうか」
無理矢理に会話を終わらせるリディア小伯爵の背中を慌てて追う。先ほどよりも早くなった足取りに彼の拒絶を感じて、どうにか声をかけようとしていた口が硬く閉じられた。
私はクロード王太子殿下のように希望を与える事も、カリアーナ様のように癒し諭す事もできない。………アステア第二皇女様は無理矢理人の心をこじ開けて解決してしまいそうな気もするけど、私には絶対できない事だ。
私は私のできる事をすれば良い。リアンと改めて話をする事に緊張していたけど、良くも悪くも解れてきた。
「ここです」
早足で歩いたからかすぐに着いた部屋の前、リディア小伯爵が扉を開く。
「!?…れ、レイラ…?」
勝手に開いた扉から現れた私に驚く姿は、カタルシアにいた時と何ら変わらない。
「話、しにきたんだけど」
私にできる事、そんなの、本当に限られているから。
息を一つ吐き出して、状況がまだ飲み込めていないリアンへ、足を進めた。
お読みくださりありがとうございました。




