第六十二話 自分でも理解できない言葉だった
ブラッドフォード視点です。
憂鬱だったパーティーから数日が経ち、なぜか最近よく話しかけてくる弟の噂を耳にする機会が増えた…ように思う。なんでも他国の姫に心を奪われたのだとか。クリフィードの女嫌いは筋金入りなので、噂の出所を調べたくもなったが、弟の様子を思い返してみれば不自然な事が多い。俺などよりよっぽど女性の話をしない弟が、やたらと女性の話をするようになったのだ。
例えば、どんな女性が好みだ、気になる人は本当にいないのか、心を寄せたならばすぐに実行するのが良いだろう。そんな質問や話ばかりを振ってくる。女性の名前を出すだけで嫌な顔をしていたとは思えない変わりっぷりに、なぜ俺しか気づいていないのかは謎だが、まぁそこには目を瞑ろう。とにかく、最近のクリフィードが変なのだ。
「ブラッド!こんなところにいたのね。探したのよ?」
……最悪だ。母親相手に最悪とは何事かと怒られるかもしれないが、こればかりは最悪以外の何ものでもない。
綺麗に掃除されている窓際にかけていた腰を上げずに、視線だけを下げれば自分より幾分か下の、けれど女性にしてみれば長身の母と目があった。
「ブラッド、何度言ったらわかるの?カタルシアのカリアーナ姫君と会いなさい。クリフィードがやる気になっても、貴方の態度が悪かったらカリアーナちゃんの気分を害してしまうかもしれないじゃない!」
どうしてそこまで執着するのかと、数日前の自分なら疑問に思っていた事だろう。だが、今の俺は彼女の事を知っている。…娘が欲しかったらしい母からすれば、彼女のような人を息子の妻として迎えたい気持ちも少しはわかってしまう自分が嫌になる。
「母上、俺も何度も言っていると思いますが、会うつもりはありません。戦場に身を置いている自分が会えば、逆に気分を悪くしてしまうかもしれませんし」
「カリアーナちゃんはそんな事にはなりません。一度も会わない方が印象が悪いのはわかり切っているでしょう」
何を言っているの!と目を釣り上げて怒っている母を見て、遠巻きに様子を窺っていた使用人や侍従達の顔色があからさまに悪くなった。母は人に当たるような事はしない人だが、王妃が不機嫌だと仕事がしにくいのだろう。少し、悪い事をしている気分だ。
「……そもそも、クリフィードがやる気になっているというのは本当なんですか?あいつが女性相手にそんな…」
「あの子からカタルシアの姫君を滞在させようと提案して来たのだから当然でしょう!食事の席にもちゃんと出席して…やっと女性嫌いを克服してくれたのかしら」
先ほどとは打って変わって嬉しそうにする母に、目を見開いてしまう。
弟の噂は、もしかしたら本当なのか…?
女嫌いとは言え、彼女を誤っても不細工などとは思わないだろう。もし、クリフィードが彼女に惚れたのなら、兄弟揃って好みが似ているのかもしれない。
「次期王太子と第一皇女……お似合いだな…」
それは、望んでいた形。だけれど、現実になるとは予想もしていなかった。だが…そうか、クリフィードは、彼女に惚れたのか。
「嫌になる…ッ」
溢れた言葉は、自分でも理解できない言葉だった。
「ブラッド…?何を言っているの?」
不思議そうにする母に俺の思いを告げたら、どんな顔をするのだろう。母ならば王太子になるのがどちらか知っているのだろうから、次期王に姫を譲れと言われるのだろうか。…もう、この際どうにでもなってしまえば良い。これで会えなくなれば、少しは忘れやすくなるだろうから、一石二鳥だ。
「母上、俺は、彼女を好ましいと思っています。クリフィードと彼女を結婚させるなら、俺は会うつもりはありません」
驚いたように目を見開く母と目が合って、随分おかしな事を言ったなと思う。母からすれば、姫君と一度も会っていないだろう息子が彼女を好ましいと言っているのだ。しかも戦場しか脳がない息子が。天変地異でも起こったかのような感覚なんだろう。数秒、頭の回転が速い母でもそれだけの時間をかけて、やっと言葉を紡ぐ。
「カリアーナちゃんを…好きなの…?」
「…はい。なので会う事はできません」
「何言ってるの、好都合じゃない」
思わず、母の顔を凝視する。今、母上はなんと言った…?
「好都合…?」
「貴方とクリフィード、カリアーナちゃんの結婚相手の候補が二人になったのよ!?良い事じゃない!ますます会わせなくちゃね!!」
この時、初めて母が理解できないと思った。
「ふざけるな!!」
一般的な家庭で育ったという部下達が、少年、青年時代に通るのだと言っていた反抗期。そんなものはなかった。父の言ったように、自分がいるべきだと感じる場所にいようと努力してきただけの人生。
初めて、母に声を荒げた。
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