第六十一話 神話を元に作られた貴族間の隠語
前半はカリアーナ視点、後半は視点なしです。
稽古場に現れたリディア小伯爵と一言二言交わした後に、リアンさんの部屋へ向かう。
「父が若い騎士を指導するので稽古場がいくつかに分かれているんです。皇女殿下方がいらっしゃったのは若い騎士達が集まる第一稽古場ですね」
さすが優秀な騎士を輩出している名家ね。普通の貴族の屋敷には、稽古場が一つあるだけでも珍しいのに。
…まぁ、何はともあれリアンさんがすぐに見つかりそうで安心したわ。レイラがリアンさんと一緒にいるところを邪魔してはだめだから、適当な理由をつけて退散しないといけないわね。どんな理由が良いかしら。
「カリアーナ様…?」
考え込む私を見て、レイラが不思議そうに声をかけてくる。………この際、私が消えるのもアリかもしれないわね。邪魔をせずに見守る事が一番だけれど、その場合絶対にレイラに気配を悟られて「一緒にいてください!」と言われるのは目に見えている。
……うん、そうしましょ。
「小伯爵、綺麗な蝶が見えたのだけど、見てきても良いかしら」
窓から見える美しい庭園を指させば、小伯爵は驚いた様子もなく「後ほどお迎えにあがりましょうか?」と聞いてきた。やっぱり、こういう事には慣れているみたいね。
「いいえ、結構。可愛らしい花々と戯れるのを邪魔されたくはないの」
「そうですか。麗しい妃が見つかる事を願っております」
言葉遊びに付き合う気がないらしい小伯爵は、一切のアレンジもなく返してくる。レイラは全くわかっていないようで、私の護衛にと着いてこようとするけれど、それを小伯爵が仕方なさそうに止めた。…う〜ん、社交界に出ていないとこういう時に不便よね。
今の会話は昔の神話を元に作られた貴族間の隠語のようなもの。細かい説明は割愛するとして、人々が誕生する一昔前から存在する神龍が一人の女神に一目惚れし、今の会話が生まれたのだ。神龍が女神の気を引こうと創り出した美しい蝶を放ち、その蝶が女神の目に止まって、影から見守っていた神龍へ女神が「綺麗な蝶を一緒に見ましょう」と声をかける。けれど恥ずかしくて話す事もできなかった神龍は、「後から迎えに来ます」と言い残して飛び去ってしまう。そうして取り残された女神は可愛らしい花々にとまっていた綺麗な蝶と戯れている時に、ある男神と出会って恋をする……つまり、神龍は飛び去ってしまった事によって失恋をしてしまうというわけだ。なので、この会話の最後に返ってくる「麗しい妃」という言葉には、神龍に女神との恋は訪れないが代わりに麗しい妃が現れますように、という意味がある。そのため、麗しい妃という言葉が「これは隠語ですよね?」という確認にもなっているのだ。
私が確認に頷いた事で、小伯爵も何か察したのか「兄はこちらですので」とレイラを少し強引に連れて行こうとする。
何事かと戸惑うレイラに微笑みかけ安心させれば、いつもの揶揄いなのだと納得したような顔をしたレイラは、「できるだけ早く終わらせますから!」という言葉だけを残して、小伯爵の背中を追っていった。
私は自分から一人になりたいと意思表示してしまった事もあって、まぁ当然暇になり、仕方なく言葉通り庭園の方へ足を進めた。
───
「あれ、何これ」
アステアが一冊の本を手に取れば、近くにいたクレイグがすぐに「龍の神話が載っている本のようですね」と答える。
「龍の神話と言えば、人間を産み落とした女神に恋をした神龍が有名ですかねぇ」
「あー、神話の中で一番古い悲恋の話でしょ?」
「はい。あぁ、そう言えば、その話には面白い逸話がありますよ」
へぇ、と興味深そうに頷いたアステアを一瞥したクレイグは、スラスラと神話のあらすじをわかりやすく説明したのち、「神龍には血の繋がらない子供がいたそうです」と告げる。
「女神とその夫である男神の仲睦まじい様子を見ていられなくなった神龍が愛情を一身に注ぎ込んだ子供は神龍が眠る森の守り人となり、それがエルフの起源だと言われています」
「ほ〜……って、それは良いとして、なんで王城の応接間に置いてあるのかって話なのよ」
「それは私にもわかりかねますねぇ」
クレイグと一緒に首を傾げていれば、「あ、それ俺のだ」と声をかけてきたのはヨルだった。
「さっき見に行った図書館の本だな。悪い、すぐ返してくる」
「ヨルってこういう本読むんですか!?」
アステアが驚いたように聞けば、ヨルは「まぁ、興味本位で」と至って冷静に答える。そして一言、アステアには聞こえないほどの本当に小さな声で呟いた。
「……アイツの事も載ってるしな」
その言葉はアステアに届く事はなく、アステアは何か思いついたかのように「あ!」と声をあげた。
「その本、私も借りる事にします!」
そこまで興味がなさそうだったアステアの言葉を聞いて、不思議そうにヨルが聞く。
「こういう本興味あるのか?」
アステアは、お得意の不敵な笑みで答えるのだ。
「まぁ、それなりですけど、目的としては情報収集…ですかね…?」
お読みくださりありがとうございました。




