第五十五話 崩壊寸前ですだよ…デス
リディア伯爵家からホテルに帰ってくると、姉様が物凄い勢いで近づいてきた。
「アステア!ごめんなさい!」
下げられた頭に思わず「えっ」と声を溢す。姉様の後ろではレイラが複雑そうな顔で立っていて、何か問題でも起こったのかとちょっと焦った。
でも姉様が謝っているのは、なんというか、まぁ、原因を作ったのが私というか、私個人の願いのせいだったらしい。
「王妃様に止められてもう少しフィニーティスに滞在する事になったの。アステアが一緒だから断ろうとしたのだけれど、少し強引に止められてしまって…」
本当に申し訳なさそうにしてくる姉様を見て、心の中で全力で謝る。
きっと姉様は私が早くカタルシアに帰りたがっていると思っているに違いない。そうでないならこんなに謝りはしないだろう。
あー、申し訳ない気持ちと尊い気持ちが入り乱れて崩壊寸前ですだよ…デス。あれ、なんか頭がとっ散らかり始めたゾー?
「あ、アステア?そんな酷い顔してどうしたの…?あ、やっぱり早く帰りたいのよね。大丈夫!王妃様には明日もう一度会いに行って話してみるから!」
「え!?あ、だ、大丈夫!全然平気!私好きだからフィニーティス!」
姉様の綺麗な顔がドアップで目の前で、え、あ、やっぱり綺麗ね、じゃない!いや、じゃないって事はあり得ないんだけど、そうじゃなくてあのね、あの、久々の姉様との急接近で心臓おかしいの。もうドキドキ通り越して心臓の血がゴボゴボと垂れ流し状態になってるみたいなの。……私何言ってんの?
「アステア?本当に大丈夫?」
「もちろん!あ、姉様、私疲れちゃって少し休みたいんだけど良い?」
「そうなの?引き止めたりなんかして悪い事しちゃったわね」
姉様に「全然!」と言葉を返し、足早に自分の部屋へ戻る。ヤバイ、いったん頭を整理しないと私は壊れる。主に尊すぎて。
───
部屋に戻った結果。
「姉様綺麗だったよぉおおおおお!!」
「姫さんのテンションがわからん」
「アステア様は情緒が不安定で…人間らしいんですよ、きっと」
「エスター、下手なフォローは失礼ですよ」
発狂して三人に呆れられた。
だって、だって、久々の姉様の急接近だよ!?いや、フィニーティスに来てからほぼ一緒にいたけど、でもアレ、疲れて帰って来てからの姉様の申し訳なさそうな顔は癒しでしかないよ!?
子犬!?いや、迷える子猫だね、姉様は犬じゃなく猫!そこは譲らない!!
「ヨル!どう思いますか!?」
「それを俺に振る姫さんの心情が気になって仕方ねぇよ」
「クレイグの場合は「カリアーナ様はいつでもお美しいですからねぇ」って返してきて、エスターの場合は「はい!」って元気よく可愛い声で返してくれるからですが何か!?」
「テンションぶっ壊れすぎだろ…」
あー!!今その顔はダメ!!姉様の後のヨルの呆れ顔良い!!私の癒しでしかない!!隣でエスターが羨ましそうにしてるのも良いし、クレイグがいつもの笑顔で変わらずいてくれるのも良い!!もうなんでも良く感じてしまう!!
「良いから落ち着け」
びにょん、両頬をつままれて思わず目を見開けば、目の前にはヨルの顔があった。いつの間に近づいたのよ。
「落ち着いたか?」
「ほひついたほいうか、よふのかほがかっこふぃいふぁらみふぉふぇほうふぇふ」
「何言ってるかわかんねぇよ」
そっちがつまんどいて何を言うか。
主人の頬をつまむ騎士のせいで、やっぱり荒波が立っているけど一応精神が落ち着いてきちゃった。ハイテンションの後って疲れるね…。
「そほそほはなふぃてくあさい」
「落ち着いたか」
「おふぃふひまふぃふぁ」
そこでやっとヨルが手を離してくれて、少しジンジンと痛む頬を撫でる。エスターがめちゃくちゃヨルを睨んでいるけど、ヨルは完全無視だ。
「ヨルのそういうとこ気に入ってますよ…痛いけど」
「お、そりゃありがてぇな」
そう言って笑う顔は「良い男」って言葉と、「悪い男」って言葉が両方似合う感じだ。なんていうか、無闇に近づいちゃいけないけど、もし恋をしたら一気に恋の沼に突き落とされそうというか。……私の語彙力どうした。さっきから意味不明な事ばっかり言ってる気がしてならないよ。
「……とりあえず、ヨルのおかげで落ち着いたから、これからの事決めよっか」
ヨルの笑顔に「ごちそうさまです」と手を合わせたい気持ちをどうにか心の中に抑えた私が言えば、ヨル、クレイグ、エスターの三人は若干姿勢を正した。
「ホントに気まぐれな姫さんだな…」
ボソッとヨルが呟いた事には無視を決め込んで三人の顔を見れば、クレイグは面白そうに笑っていて、エスターはやる気に満ちた顔。拗ねてないようなので一安心かな?ヨルはやっぱり呆れてるみたいだけど、どこか楽しそうで、たぶん私がこれからしようとしている「賭け」を楽しみにしているのだろう。
三者三様、全く違うけど、私が気に入っただけはある。
三人に微笑みかけた私は、「また変わるかもしれないけど」と前置きをして、話し始めたのだった。
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