第五十四話 鍵を握っているはずだ
「!!なんて事言うんですか!!」
サーレが机に身を乗り出して叫べば、リアンは自分の失言に気付いて「そ、そうだよな…」と申し訳なさそうに答える。
でも、リアンだって実の弟を簡単に、別人みたいなんて言わないだろう。
「リアン、なんでそう思ったの?」
「姫殿下!?」
もうこの話を終わりにしたいらしいサーレが驚愕といった顔で見てくるが、ハッキリさせられるところはハッキリさせておいた方が良いに決まっている。リアンはサーレの前だからか少し尻込みしていたが、私と目が合うと観念したようにボソボソと話し始めた。
「リンクの性格は、多少乱暴ですが優しいんです。私の事を殺すと言っていても殺してませんし」
それは優しいとは言わない気がするけどな…。
「けど、リンクは女性に対して奥手な子なので、女性相手には乱暴な事はしないし、逆に優しさを見せる事もあまりない。サーレが例外だったとしても頭を撫でるなんて事、するはずがないと思ったんです…」
最後に「単なる直感ですが」と付け加えてから、リアンが叱られた子犬のような顔をする。まぁ、可愛いサーレが般若のような顔をしていれば誰だって怖いわな。
「何も知らないのに、勝手な事言わないでください…」
先ほどの叫びとは真逆で、小さなか細い声が聞こえてくる。いつの間にか般若のような顔は消え失せて、サーレは悲しげな表情をしていた。
「リアンさんがいなかった数年間、リンク君ずっと努力してたんです。リアンさんが帰ってきて、やっと開放されると思ってたらおば様にダメって言われて、もうリンク君ボロボロなんですよ…」
最後の方は涙声だったが、この状況で一人だけ冷静らしい私は「そんなリンクに酷い事言ったのはサーレでしょうに何言ってんだ…」と冷たい事を思ってしまっていた。あれ、私って人の心がないのかな…?
「…そんなボロボロの小伯爵はどんな様子だったの?」
「え……いつも通りだったと、思います。魔道具の話をする時の表情も、態度も、全部いつも通りで、それが逆に、おかしく見えて…」
いつも通り、いつも通りねぇ…。
今までの話をまとめると、サーレが会いに行ったリンクはいつも通りで、けどいつもと違って少し甘い様子だった。サーレは何も違和感を感じていない様だが、リアンからしてみれば違和感だらけの異常事態。そこで行き違いが起きてるわけだ。
……別人とまではいかないけど、リアンの考えが妙に引っかかるな。別人じゃなくても性格に変化があったとか?じゃぁ、その変化の原因はなんだ?
「……気になってきちゃったなぁ…」
姉様達の進展を見守らなきゃいけないけど、リンクは一応リディア家の跡取りだから、面倒な事になる前になんとかしておいた方が良いはずだ。
気になってきてしまったものは仕方ないし、少し、調べてみるか…。
「姫殿下?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないわ。…サーレ、小伯爵に会ったら伝えてくれる?「少し話がしたい」って」
「え?えぇ!?ひ、姫殿下、まさか…」
サーレの顔がみるみるうちに青くなっていき、すぐさま首を振る。
「違う違う!別に気があるとかじゃなくて、聞きたい事があるだけだから!」
「ほ、本当、ですか?」
「本当!だからそんな顔しないで、ね?」
私が優しく言えば、サーレは安心した様子でほっと胸を撫で下ろす。恋する乙女って扱いが時々面倒だ。
私とサーレの様子を窺っていたリアンは、私達の話が終わったと思ったようで「そろそろお帰りになられますか?」と私に聞いてきた。
「うん、そうだね。もう帰らないとエスターを怒らせちゃうから」
きっと帰りが遅くなるのは二度目だから、怒るって言うよりは寂しがっているだろうけど。ヨルとクレイグを馬車で待たせているという事もあるし、私はさっさと立ち上がると、足を部屋の外へ向けた。
───
「リアン、お願いがあるんだけど」
私がそう切り出せば、リアンはにこやかに「なんでしょう」と聞いてくる。
「リディア夫人の事を教えてくれる?」
誰もいないだろう廊下に響く事もなく溶けた私の言葉を聞いて、リアンは軽く目を見開くと、「もちろんです」と答えてくれた。
今回の件は絶対にリディア夫人が鍵を握っているはずだ。リンクが拘る母親として、リンクの事を縛る人として。まずはリンクと同じくリディア夫人を母として持つリアンに事前調査するのがベストだろう。
「母は、とても気難しくて、それでも、愛情のある優しい人でした」
そう語り始めたリアンの声を聞いて、私は小さく頷き始めた。
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