第五十三話 あれ、これって一種の現実逃避?
リアンとの話が予想外にもスムーズに終わって、考えているよりも時間ができてしまった。リアンはもう少し居てほしそうだったけど、長居すると変な展開に巻き込まれそうだったので早々に退散する事にする。
「そういえば、リアンってサーレの事知ってるよね?」
私が聞けば、リアンは少し顔を綻ばせて「もちろんです」と答えた。
「リンクとよく遊んでた子ですね」
「仲良かった?」
「それはもう。私の後をついてまわる事も多くて、幼馴染というより兄妹に近い感じでしたよ。あの二人が揃うと可愛さが倍増してですね!!」
「あー、はいはい」
別に惚気を聞きたいわけじゃないっつの。ファニーティスの王妃様が積極的に動き回ってくれないと、父様や兄様に過保護に守られている姉様とブラッドフォードの仲を取り持つ事は難しい。それにせっかくリディア家に来てるんだから、サーレの事について聞くのもいいかもしれないと思ったのだ。
「あ!サーレと言えば、今日うちに来てますよ!」
「………は?」
子犬感満載の笑顔を見て、本当に邪気がないなぁ、となんとなく思った。あれ、これって一種の現実逃避?
───
「!…お、美味しい!これどこのお菓子なんだろう…」
「ホントにいた…」
キャッキャッと楽しそうにお菓子を頬張るサーレが確かにそこにいた。応接間の椅子に可愛らしく座り、頬を緩ませている姿は癒し以外のなにものでもないが、一昨日泣いていた女の子はどこへ行ったのやらだ。
「……!?んぇ!?ひへへんか!?」
口いっぱいに詰め込んだお菓子のせいで言葉にすらなっていないが、可愛いので許す。私に気付いたサーレはすぐさま座っていた椅子から立ち上がると、「おふぉふぉいぶりでふ!」と、これまた可愛らしく叫んだ。おそらく「一昨日ぶりです!」とでも言ったのだろう。
「そうね。それで、サーレはなんでここにいるのかしら」
「リンク君に会いに来たんです!」
急いで口の中のお菓子を飲み込んだサーレが答え、私は首を傾げる。
「小伯爵はいないようだけど…」
クレイグがあらかじめ調べてくれているから、これは正確な情報のはずだ。私の言葉を聞いて、サーレは至極当たり前のように答える。
「帰ってくるまで待てば良いんじゃないですか…?」
「………!?」
思わず、思わず二度見する。この子は何言ってんだ。
「時間もわからないのに待つの?」
「はい!いつかは帰って来てくれるんですから待ちます!」
健気を通り越してる気がしてならない。私の後ろに立っていたリアンも私と同じ気持ちだったようで、なんと言って良いのかわからないような顔をしていた。いくら小さい頃から知っているとはいえ、こういう一面は知らなかったみたいだ。もしかしたら何時間も待つかもしれないのに。私だったら絶対ムリ、というか嫌だ。
「よく待てるわね…」
少し呆れた様子の私が言えば、サーレは全く理解できないという顔をした。いや、理解できないのはこっちだからね。
「あ!姫殿下!ずっとそこに立っているのは疲れるでしょう?こちらへどうぞ!」
家主でもないのにこんな堂々と客を案内できるのは、長年の付き合いがあるからなのだろう。リアンも「どうぞ」と言葉を添えてきたので、お言葉に甘えてサーレの向かいの席に座った。ちなみにリアンは私の隣だ。
「今日は執事さん達がいないんですね!」
「え?あぁ、メイドはホテルで待機させているの。執事と騎士は馬車で待機中」
そうなんですか〜と軽く頷くサーレはやっぱり可愛いけど、それより気になるのは一昨日の事だ。
「サーレ、少し直球になるけど、小伯爵とはどうなったの?」
あんなに泣いていたのに、それが嘘だったかのような明るい素振り。もし酷い言葉でも吐かれていれば、帰ってくるまで待つなんて事もしないはずだ。
私の問いに、サーレはパァ!と顔を明るくさせ、嬉しそうに話し始めた。
「あの後すぐにリンク君に会いに行ったんです!それで、謝って、そしたらリンク君が「別に気にしてない」って素っ気なかったんですけど言ってくれて!」
サーレ相手にはもしかしてクールキャラなのか?あの弟は。…揶揄うネタになりそうだな。
「それでそれで、「お前が考えなしに動くのはいつもの事だしな」ってちょっと呆れられちゃったんですけど、でも、頭撫でてくれたんです!」
ん〜、惚気を聞きたいわけじゃなぁい。
「それで、結局は仲直りできたの?」
「はい!」
元気よく返事をしてくれたサーレを撫でたい衝動を抑えながら、それは良かったねと何度か頷く。だが、隣のリアンがあからさまに顔を顰めていた。
「…サーレ、それって本当にリンクの事なのか?」
「そうですよ?」
不思議そうにする二匹の子犬…もとい、リアンとサーレを交互に見る。リアンは何か引っかかった様子で、サーレは質問の意図が読み取れずに少し困った様子だ。
「リアン、ちゃんと分かるように説明できる?」
「……リンクが頭撫でるとか、するとは思えないってだけの話なんですけど…」
う〜んと唸りながら考えるリアンを見て、確かになと納得してしまう。初対面が「兄を殺そうとした弟」なので本当のところはよくわからないが、あの弟が女の子の頭を撫でるのは想像しにくい。
サーレもリアンと同じように首を傾げ、そして次の瞬間リアンから溢れた言葉を、即座に否定した。
「別人みたいと言うか…」
「!!なんて事言うんですか!!」
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