第五十二話 微調整なんてできるわけもなかったのだ
「単刀直入に言うと、私は今でも貴方を騎士にしようとは思ってない」
リアンが待っている応接間に来て、リアンの向かいのソファに座った瞬間に言った私のセリフはそれだった。所詮私には微調整なんてできるわけもなかったのだ。
納得とはまた違うけれど、どこか諦めた様子のリアンは、一つ頷く。
「……お心に変わりがないのは察しておりました」
苦々しい顔をして応えるリアンは、実家に帰ってきて多少は頭が冷えたようだ。今の現状をどれだけ把握しているのかは知らないが、どこかおかしいという事には気付いてるらしい。
「挨拶もなくこんな失礼な事を言って申し訳ないけど、ちゃんと伝えておかなきゃと思ったんだよね」
「…そうですか」
うっわぁ…空気重っ。
リアンってこんなどんよりしてたっけ?いや、してなかった。どっちかというと物凄く犬属性の大声系男子だったはずだ。
部屋に充満してしまった重い空気に耐えられなくて、咳払いを一つ。そして私は、リアンに今、私自身が考えている事を告げた。もちろん、姉様がブラッドフォードを好きらしいという事や、サーレがどんな未来を辿るかなんて言えるわけがないが、リンクの事や、リディア伯爵が私の所へやって来た事は伝えるべき事だろう。
きっとショックを受けるんだろうなぁ、と思っていれば、予想通りリアンは驚いた様子で軽く握っていた拳に力を込めていた。
「…リンクに才能があるのはわかっていました。親父が私を少しだけ優遇しているのも。けど、それは私が跡継ぎだからだとばかり…」
「騎士団長の息子が家出したのに捜索願も出されてない。全部、リディア伯爵の掌の上だったわけだよ」
リアンに非がないと言えば嘘になるだろうが、リアンは所謂アレだ。「無自覚の加害者」って奴。言い過ぎかもしれないけど、たかだか家出でこんな事態を招いてしまった事には変わりないし、立場があるにも関わらず考えなしに動くのは、加害者になるに足り得てしまう。それを自覚していなかったリアンは、確かに悪いのだ。
「……皇女様は、私が跡継ぎとなる事を望んでおられるのですか?」
「はっきり言えばそうだね。リンクの才能は騎士にしておくには惜しすぎるから」
「それは同意します、あいつは才能を生かすべきだ」
置いて行ったとは言え、弟の事はやはり可愛いのだろう。リアンは少し口を緩ませて、「あいつは凄い奴なんです」と言葉にした。
「…なんか、第一印象からかけ離れてるね、今のリアン」
最初からこのテンションだったらもう少し丁寧に扱っていたかもしれない。あと、敬語使ってたね、確実に。
「うっ…あ、あれは、その、気分が上がってしまっていて、いつもはこの状態です…家族の前でも大声は出しますが…」
「家族の前だと大声通り越して叫びだったじゃん。あ、レイラは?結構声量大きめで喋ってたでしょ。テンション上がってたの?」
「そ、れは……レイラは友人だからです」
その間はなんだ、短くも長くもないその間は。
「あっそう。まぁレイラにはちゃんと改めて会いに行ってよ?結構寂しがってるみたいだし」
「え!?あいつがですか!?」
「うん」
微かにレモンの匂いが鼻をくすぐる紅茶を口に含み、再度頷けば、リアンは目を見開いて驚いていた。
「わかりました…近い日に会いに行ってみます…」
驚きながらも紡がれた言葉を聞いて、レイラの精神面が安定し、姉様が安心する場面が浮かぶ。これでレイラ関係はとりあえず片付いたのかな…?次はリアンの意思を聞かないといけないな。まぁ、断らせる気なんてないんだけど。
「………リアン、随分身勝手な事とは承知してるけど、リディア家を継ぐ気はない?」
「あります」
即答したリアンを、正直三度見した。
「えっ」
「皇女様が望んでおられるなら何にだってなります」
なんだ、それは。
リアンの目は真っ直ぐで、こういうタイプが貴族位を継ぐのを嫌がるのはなんとなく察しがつく。騎士として育てられたなら尚更で、それが、私の一言でこんなに変わったのか、今。
「その言葉の意味、ちゃんとわかってるの?」
「もちろんです。お側にいられないなら、せめて一度でもお役に立ちたい」
………これだから忠誠なんてものは嫌いなんだ。こんな異常な感情は重い。何も疑わない目とぶつかる度に自分こそが異常な気がして、こんなもの背負う気になんてなれない。重い荷物なんて、誰だって持ちたくはないはずだ。
「…やっぱり、リアンを騎士にはできないね」
口からポロッと出てきたのは、随分優しい声だったと思う。そんな声をリアンに向けて放つのは初めてで、リアンは微かに表情を強張らせ、次の瞬間には誰が見ても分かるほどに拳を握りしめていた。
先ほどから強かった手の力がさらに強くなってしまって、血が上手く回っていないのか手が白くなっている。
「貴女は、酷い人ですね」
その言葉の意味はわからないけど、震える声を聞けば何を伝えたいのかすぐにわかって。私はその言葉に、ただ「そうかもね」と答えるだけしか、しなかった。
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