第五十一話 微調整っていうのは難しい
リディア伯爵の件は後回しにすると伝えたヨルには「予定変わりすぎじゃねぇか?」と呆れられ、エスターには「どんな指示でも従いますよ!」とキラキラした目で見つめられた昨日。
クリフィードになんとか協力する事を約束させる事ができたが、結局ブラッドフォードは姉様と挨拶する事なく、会場に姿を現す事すらなかった。あの時の姉様の後ろ姿と言ったら………健気で可愛かったよ!言わせんな恥ずかしい!
「姉様を悲しませたところは減点だがなッ!!」
カッ!と自分でもよくわからないテンションで吐き捨てれば、隣で紅茶を淹れてくれていたクレイグが大して驚きもせずに聞いてきた。
「アステア様はブラッドフォード第一王子殿下が王太子になられると思っておられるのですかな?」
思ってるっていうか、そうなるんだよな。確か、第一章でリリアがクリフィードと仲良くなっている間にブラッドフォードが王太子になって、第二章で毒を被る事になる。
哀れと言えば哀れなキャラクターだ。国のために必死で戦って、けれど最後は国の家臣に裏切られ、将来の王太子を生み出す道具にされるのだから。
メインキャラじゃなかったからそこまで感情移入なんてしなかったけど、姉様の相手として考えるならちゃんと観察して、ストーリーも思い出さなきゃな。名前が出てきてそうな場面ってどこだろ…。
「アステア様?」
「え、あ…」
不思議そうに名前を呼んできたクレイグの声でハッとする。ヤバイ、いつもなら考え事する前にちゃんと会話終わらせるのに。ちょっと疲れてんのかな。
「…疲れを取るお茶でもお淹れしましょうか」
「大丈夫。そこまで疲れてないから」
ね?と首を傾げながら言えば、クレイグは少しの間を置いて「…わかりました」と答えた。休むのは全部終わって、カタルシアに帰った後だ。
「あ、そういえばエスターは?情報集められたみたい?」
忘れていたわけではないけど、少し空気を変えたくて話を振る。するとクレイグは、満足そうに頷いて見せてくれた。
「デュールマン男爵令嬢が小伯爵様へ想いを寄せているのは周知の事実のようです。気づかれていないと思っているのはデュールマン令嬢くらいでしょうか」
まぁ、わかりやすいからな、サーレ。
「小伯爵様の方はお気持ちまではわかりかねますが、デュールマン令嬢を大切にしている事は確かなようです。ですが、リアン様の件があり、最近では疎遠になっているという噂もあったとの事です」
「エスターは優秀だなぁ…」
執事が心の読めないデキるイケオジなのに、メイドまでデキちゃったら主人の立場ないって。助かるけど。
………って、そういえばリアンいたな、忘れてた。
「……リアンって今どうなってるの」
「リディア家にいるのではないでしょうか。帰ってきたとは言え、縁を切るつもりで家を出た長子を外に出す事はしないでしょう」
「それもそうだよねぇ」
レイラの事もあるし、ちゃんと様子見しとかないと駄目かなぁ…。正直どっちでも私は構わないんだけど、レイラが落ち込むと姉様が気にするし、何よりリンクをもし引き抜く事にでもなったらリアンの協力は必須になる…かもしれない。
「………期待持たせない程度で頑張るか…」
どんな事においても、微調整っていうのは難しい。
───
ガタガタと揺れる馬車の中、情報がわかりやすくまとめられた資料に目を通す。リディア伯爵家の内情とまではいかないが、噂話程度なら集めるのにそう時間はかからない。
「それにしても、色々あるねぇ」
リアンが家出した事で一気に増えたんだろうけど、ここまで噂話の多い貴族家もないんじゃないだろうか。まぁ、だいたいがでまかせだったんだけどさ。
こんなんじゃ、性格など知らないが気難しいという伯爵夫人はたまったものじゃないだろう。丹精込めて育てた息子の暴挙のせいでこんな事態になっているんだから。そのせいで余計にリンクを締め付けていたりしなければ良いけど、たぶん締め付けてるんだろうなぁ…。そんな家に置き去りにしたリアンは酷い兄だ。
多少呆れつつ、もし考えなしで出て行ったならリンクに一発くらい殴らせてやれよと思ったりしたが、そこでリアンとは全く関係のない事を思い出した。
………あの後って、結局どうなったんだ?
泣きながら訪れたサーレがリンクに会いに行った後。私は見送っただけで結果を知ってるわけじゃない。……あー、ちゃんと確認してからにしとくんだった。一応リンクが今リディア家にいないのは確認済みだけど、サーレ関係で拗れてないと良いな。サーレには幸せになってもらいたいし。
まぁ、今悔やんでも仕方ない。そろそろ馬車がリディア家に着く頃だ。リアンと話してさっさと帰ろう。
「着いたぜ」
そう言って窓から顔を覗かせてきたヨルに小さく笑い、「わかりました」と答えて馬車を降りる。もちろん降りる時はクレイグのエスコート付きだ。
さぁ、気を引き締めてリアンに会うとしますか!
お読みくださりありがとうございました。




