第五話 姉様を救うスタートライン!
四話から少し飛んで、アルバへ向かう馬車の中の話です。
皇族が乗る馬車とあって全く揺れを通さず、腰の痛くならない柔らかなクッションの上に座って考える。
アルバ王国という国は商業が盛んであり、情報戦において最も優れていると言われている。
かたやカタルシア帝国は皇帝の絶対的なカリスマ性と共に、世界トップクラスの軍事力を誇る国。
簡単に言ってしまえばどちらも強国という事になる。
私の兄であるカタルシア帝国第一皇子。
──クロード・カタルシア・ランドルク──
所謂“皇太子”の立場にいるクロードルートでは、ヒロインであるリリアとクロードの結婚を機に両国が協力関係になる。
もちろん皇太子であるクロードには後継が必要で、子供の産めないリリアに代わって皇族の誰かが子供を産まなければいけなくなるのだ。
リリアとクロードが結婚するのは出会ってから約半年後で、その時アステアは十四歳。
結婚するには若過ぎたため、カリアーナが早急に伯爵家の三男坊を婿に取った。
そこからが、カリアーナの悲劇の始まり。
子供を産み、結婚した三男坊とも上手くいっていたカリアーナだったが、どうしてもしてみたい事があった。
それは「恋愛」である。
カタルシアは愛に寛容というか、貴族同士でも恋愛結婚が普通。
婚約もお互いが納得した相手だからしているのであって、そこに親の意思が介入する事はほとんどない。
皇族の場合も例外ではなく、我らが父である現皇帝は恋愛結婚で男爵令嬢だった母と結婚した。
皇太子であるクロードにはさっさと婚約して欲しいのが大人の事情というものなので、皇帝も急かさざるを得なかったが、元々がそういう国なのだ。
その事を踏まえて言えば、カリアーナの早急な結婚はカタルシアでは異例の事態と言えるものだった。
三男坊の方は「あのカリアーナ皇女と結婚!」と喜んでいたが、カリアーナは望まぬ相手と結婚するにしても、少しくらい恋愛というものを楽しんでみたかった。登場するキャラクターの中でも特にその傾向が強かったと思う。
しかも、自分は子供を産むために結婚したのに対し、皇太子である兄は想い人と幸せそうに愛を育んでいる。
鬱憤が溜まるのも納得というものだろう。
そこに第三章でリリアの「子供ができるかもしれない!」発言。
天使と謳われるカリアーナでも、自分を犠牲にしておいて嬉々として報告してくる義妹に怒りが沸かないわけがない。
しかも兄であるクロードはリリアに骨抜きにされ、「お前も喜んでくれるよな?」と言ってくる始末。
一見優しい夫と暮らすカリアーナは幸せに見えたが、積み重なっていく小さな負の感情が生々しかった。画面の向こう側の話とはいえ、思わず同情してしまうほどに。
そして今、クロスの世界に生きている私にとって、それは近い未来起こり得る出来事なのだ。
姉様の表情は絵だけでも伝わってくるほどに絶望一色で、それを現実で見る事になる事態は物凄く避けたい。というか避ける、必ず。
ちなみに伯爵家の三男坊は普通に良い人だが、いかんせん鈍感なので姉様を任せるには頼りなさ過ぎる。その鈍感さが姉様を苦しめる一因にもなってたし。
「姉様の相手を探す…のは、流石にやり過ぎかなぁ…」
私が小さな声で呟けば、目の前に座っていた男が顔を覗き込んできた。
「……覗き込まないでください」
「なんだ、凄い不機嫌だな。アルバに行きたいと言ったのはお前だろ」
「別にアルバが嫌なわけじゃないですよ。兄様と一緒の馬車が嫌なだけです」
「そんな事言うなよ、悲しくなるじゃないか。お!そろそろ城下町が見えてくるぞ」
馬車の窓を開けて楽しそうに顔を出す姿は子供そのもの。
これが国民の間で噂される「麗しの皇太子」なのだから、世の中の目は腐っているのかもしれない。
見た目が良いのは認めているけど。
だって姉様と同じ両親から生まれ、姉様より少し濃いアメジストな瞳と、姉様と全く同じ真っ白な美しい髪をしているのだから。
これで美形じゃなかったら殴っていたと思う。
私の場合は母の青い目を少し受け継いでいるので、光の加減で紫から青に変わったりする不思議な目をしているのだが、姉と兄は綺麗に皇族の特徴を受け継いでいる。
……正直、シスコンのくせにリリアに骨抜きにされやがった兄の事は、「今すぐ土下座しろ」くらいに思っているのだが、今のところ姉や自分を可愛がってくれているので何も言うまい。あくまで未来の話だからね。
「敵になったら容赦しないけど」
「ん?何か言ったか?」
外から入ってくる風の音で私の呟きが聞き取れなかったらしい兄の問いに、私は笑顔で「何も?」と答えた。
もうそろそろ馬車がアルバの城下町へ入る頃だ。
やっと、やっとこの時が来た。
姉様を救うスタートライン。
私は、“出会いの舞台”アルバに足を踏み入れた。
お読みくださりありがとうございました。