第四十一話 ???アレ?何この空気…??
事件が起きたのは、ドレスを選んだ次の日。つまりは翌日だった。
サーレが、泣きながらホテルを訪ねてきたのだ。
「サーレ!?どうしたの!?」
「ひ、姫殿下ぁ…」
ひっくひっくと、どうにか涙を堪えようとするサーレに、自分が羽織っていた毛布をかける。可愛い顔が台無しになる前に泣き止ませないと目がパンパンに腫れてしまいそうだ。
「サーレ、お茶を飲みましょう?水の方がいい?」
「ひ、め、でん、かぁ…わ、わた、し、あんな事言うつもりじゃながっだんでずぅ!!」
「話は聞くから。友達だものね。ささ、中入って」
サーレに気づいて私に知らせてくれたエスターが、心配そうに私に視線を送ってくる。サーレを自分の部屋へ案内している時に、小さく「呼んできて」と呟けば、エスターは瞬時に判断したのか微かに頷いてくれた。
───
エスターに頼んで呼んだのは、もちろんクレイグだ。朝食後のお茶を淹れるよう頼んでいたのだが、サーレが訪れた事で来客用のお茶にシフトチェンジして持ってきてくれた。やっぱりできる執事は良いねぇ。
「で、どうしましょ」
「私に聞かずとも、デュールマン男爵令嬢はアステア様を訪ねられてきたわけですから、令嬢がご相談された事に答えれば良いのでは?」
「………私を助ける気はないのか貴様」
「ないですね」
できる執事はイエスノーもはっきりしてるのねコノヤロウ!
こっちを心配そうに見つめているエスターに陰ながら癒されて、意を決したようにサーレを見る。すると何か縋るような目で見てくる迷える少女と目があった。………少し臭い言い回しになってしまったけど、まさにそれなのだから仕方ない。
「姫殿下…」
「わかってる、わかってるって。泣いてる理由、聞いてほしいんでしょ?」
こくん、素直に頷く姿は弱った小動物を思わせて、危うく心臓を撃ち抜かれるかと思った。いや、弱った子を可愛いと思っちゃう自分の性格を疑いたくもなるけどさ、可愛いものは可愛いんだよ。
サーレが軽く体を震わせているのに気づいて、サーレの隣に腰掛ける。クレイグは人がいない方が良いと思ったのか席を外そうとするが、私が「ここにいて」と言えば、すぐに壁際に待機していたエスターの横に並んだ。
「何があったの?」
私が聞けば、サーレは「酷いこと、言っちゃったんです」と呟いた。
昨日、私が皇女だと知って驚いていたサーレだが、翌日に泣きながら会いにくるくらいは精神が図太い方だと思う。というか、大切に育てられたから拒絶された経験がないのだろう。私の予想が正しければ、これは弟君関係なんじゃないか…?
「リンク君に、酷いこと、を…」
「跡継ぎ関連で口出しをしたとかかな?」
私が間髪入れずに問えば、サーレはなぜわかったのかと驚いて見せた。けど、まぁ予想できる範囲の事だ。
「……正確にはなんて言ったの?」
「え?えっと、「当主になっても、好きな事はできる」って…」
それは確実に怒らせるだろうね。現に怒らせたからここにいるんだろうけど。
どうするかな、正直に言って傷つけて避けられるようになると、リンク関連の情報が入ってこなくなるし、可愛い女の子に避けられるのは普通に嫌。
………頑張ってオブラートに包むか…。
「サーレ、貴女は昔からリディア小伯爵を見ているわけでしょ?」
「は、はい」
「彼の大事なものも当然知っているわよね」
「…はい」
「じゃぁ、彼の好きな事を教えて?」
「魔道具作りです…。いつもキラキラした目で作ってて、その姿がカッコ良くて…」
「そうなの。そんなにキラキラしていたなら、随分本気だったんだろうね」
私が少し語尾を強くして言っても、サーレは何もわかっていない様子で「そうですね…?」と首を傾げてしまった。………まぁ、元々私、説明下手ですから、仕方ない仕方ない。…ちょっと踏み込むか…。
「……リディア伯爵家は代々騎士を輩出している家柄なのはもちろん知っているでしょうけど、その家の当主が騎士でなかった事はあった?」
「え?あ……な、い、です」
「そうでしょう。もしあったとしても極稀な事。その家自体がその職を扱っているなら、当主がその職につくのは当たり前の事なの。けれど、リディア小伯爵は本気になるものが騎士以外にあった。それが貴女の言った好きな事である「魔道具作り」なの。それを貴女は無責任にも「できる」と言ったのよ。この意味、本当にわからない?」
私の懇切丁寧な言葉がそうを成したのか、サーレの顔が見る見るうちに青くなっていく。うんうん、気づいて反省するのは良い事だよ。
「わ、私、リンク君のところに行ってきます!」
いきなり立ち上がったサーレを見て、私はニッコリ「いってらっしゃい」と言葉を返す。すぐに部屋を出ていくサーレの姿を見て、私は「いや〜、優しく言うの大変だった…」と背を伸ばした。
「えっ」
「…まぁ、そういう方ですからねぇ」
なぜかエスターとクレイグが驚いていて、サーレと入れ替わるように入ってきたヨルには、慰めるように肩に手をおかれた。
???アレ?何この空気…???
「姫さんはもう、それで良いと思うぜ」
なぜかヨルの言葉には諦めが混ざっているようで、私が反論しようとすれば、クレイグが「相変わらずのキツさでしたねぇ」と笑顔を作った。
……キツイ?どこが…?
私が首を傾げれば、今度こそ信じられないとばかりに、三人は私から顔を背けてしまったのだった。
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