第四十話 まぁ…仕方ないかな…
リディア伯爵邸から戻ってきてすぐ目に入ったのは、エスターの完璧なまでの笑顔だった。
「オッオウ…」
「仕方ありませんねぇ。もう夕食時も過ぎていますし」
「……これって俺も叱られるやつじゃないよな?」
ヨルは自分を心配して一歩後ろに下がりやがった。私が説教してやろうか、仮にも騎士だろお前。
「え、エスター、ただいま」
「おかえりなさいませ!どちらへ行かれていたんですか?あ、誰と会ったかを聞いた方が早いですか?」
怖いよぉ…ニコニコ笑顔が怖いよぉ…。
姉様はすでに食事を終えたらしく自室へ帰っていて、エスターが私を通したのは泊まっているホテルの部屋だった。…部屋でご飯ですか、了解です。
「シェフにお願いして今日の食事は胃にストレスのないものにしていただきました。他国へ出掛ける事が多くなって疲れていないか心配で…本当に心配でお願いしたんですよ?」
わっかりやすいイジメ…いや、エスターの場合拗ねてるって言えるか。見事に野菜尽くしだけど、まぁ…仕方ないかな…。
「あ、そうなのね…うん、野菜美味しいよね…」
「はい!それで、誰と会っていたんですか?」
「…リディア伯爵にリアンを返しに行って、そこでデュールマン男爵の令嬢に会って話し込んでました」
「そうですか!ですが、それではこんな時間になった理由にはなりませんね!」
だから怖いぃ!拗ねてるってより怒ってる!?怖い、怖すぎるんだけど!?
なんていうか、笑顔を貼り付けてる感じが凄いっていうか、「文句は言わせねぇぞ?」みたいな感じが凄い。
「ゴメンナサイ、もうしません」
「……アステア様が反省した事を数日で忘れるのはいつもの事ですが、心配するので気をつけてくださいね!」
なんか失礼な事を言われた気もするが、とりあえず多少エスターの気が直ったように感じなくもない。後ろに控えていたヨルが、「面倒な恋人みたいだな」って呟いていたけど、獣人の聴覚ナメない方が良い。絶対あとで嫌味言われるか反撃されるぞ。とりあえずヨルには合掌しておこう。
「…ドレス見繕えた?」
さっさと話題を変えたい私が聞けば、エスターは呆れ気味に溜息をつきながらも答えてくれた。
「もちろんです。ご要望通り、落ち着いた色のものをご用意させていただきましたよ」
可愛らしいデザインも良いけど、やっぱり個人的には綺麗めが好きなので落ち着いた色は大好きだ。目に痛くないもんね。
「そっか。それなら良かった。今着れる?」
「……二着ご用意いたしましたので、そちらから選んでいただく事は可能でしょうか」
「え?まぁ良いけど」
なぜかヨルを睨みつけているエスターに首を傾げながら頷いて見せれば、エスターは笑いながら「きっと気に入ると思いますよ!」と元気良く言った。
───
夕食を終えて向かったのは、私のドレス類をしまってあるクローゼット…の部屋。クローゼットの部屋とか何?と思う人は、芸能人の衣装部屋を思い浮かべてほしい。
服がビッシリで目がチカチカしてくるが、比較的落ち着いた色を好む私のドレス達は大人しくしまわれている。そこにエスターの綺麗なオレンジのような金髪はよく映えるものだ。
「用意したのはこの二着です!」
笑顔のエスターから差し出されたドレスは、前回アルバで着たドレスと同系統の落ち着いたゴシック風のドレスと、ふんわりとした印象の、けれど紺色で綺麗な金色が散りばめられている夜空を思わせるようなドレスだった。
…これは、あからさまなものが来たな。エスターがここまで嫉妬深いとは思わなかったよ。紺色の方は確実にヨルを意識したドレスなんだろうね。
「……私の趣味で言えばこっち」
もちろん指さしたのはふんわり系の夜空色のドレス。だって、こっちの方が私の好みだから。
私の言葉を聞いてやっぱりあからさまに落ち込んでしまったエスターへ、クレイグが呆れながらも声をかけようとする。けど、まぁ私はエスターに甘いですから?ここはフォローしますよ、当然。
「だってこのドレス、エスターみたいだもんね」
「…え?」
「エスターの名前の意味は星で、このドレスは夜空の星が散りばめられてるでしょ?だから、私はこっちの方が好き」
はにかみながら言えば、エスターは見る見るうちに顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。……私が男なら恋人にしたいくらい可愛いな。
本心じゃないわけではないけど、まぁ単なる趣味で選んだ身としては心が痛むが、エスターの可愛い顔が見れたから万々歳だ。
「着るのは当日にするね。今日はもう寝る」
「は、はい!ベッドまでお送りします!」
クローゼットの隣は私の部屋だから、別にお送りするまでの距離はないんだけど、エスターは混乱しているらしい。
そういうところも可愛くて私が頷けば、私に着いてきていた男二人が無言で溜息をついた。
「…女同士のイチャつき見て溜息はないんじゃない?」
「イチャついてる自覚あんのか」
心底驚いた様子のヨルに「もちろん」と返してやれば、クレイグが「いつもの事です」と達観したように言い放った。…いつもこんなにはイチャついてないと思うんだけど、まぁ良いか。
とりあえず明日どうするかは明日決めよう。私は早く寝たいんだからね。
昨日投稿する予定だった話なんですが、予約投稿するのを忘れてました。申し訳ありません。
お読みくださりありがとうございました。




