第三十九話 なぜか絵になるような気がして
サーレの話を聞いて分かった事は、二つあった。
まず一つ目は、サーレとリンクの関係が壊れかけているという事だ。壊れかけている、と言ってもリンクが一方的にサーレを避け、サーレが「自分のせいだ…」と意味不明な事で落ち込んでいるだけなのだけど。これはリンクが悪い。元々親同士が騎士学校の同級生だから知り合っただけで、伯爵家の令息と男爵家の令嬢が頻繁に会う事は滅多にない。今までが普通ではなかったと言えばそれまでだが、それでもサーレを悲しませているのだから、今後なんらかの制裁くらいは食らわせてもいいだろう。ねだったという魔道具も、サーレを追い返す口実に使ったような節があるし、マジでちゃんとした理由がなければ許さん。
二つ目は、リンクが魔術師ではなく、魔道具専門の職につきたいと思っているという事。まぁ、昔から魔術師と技術者の能力を兼ね備えているなら、そう思っていてもおかしくはないだろう。もっと言えば、リンクの才能を遺憾無く発揮できる職業だ。技術者は魔術を付与できる特別な道具を作る職人の事で、支障なく使える品を作れるようになるまでに十年はかかると言われている。技術者の中にも魔術を扱える者はいるが、魔術の付与自体とても高度な事なので、両方を扱える人間を、少なくとも私は知らない。
「ホント、なんで小伯爵になんてなってんだろ…」
呆れたように呟いた言葉を、目の前に座っていたクレイグが「そうですねぇ」と拾う。サーレと友達になった後、数分話したのだが、陽が暮れてきてしまい、渋々帰ることになったのだ。ちなみにヨルは馬車の後ろを馬に乗ってついてきてる。
近衛騎士になった記念として贈った黒馬を気に入ってくれているらしい。嬉しい限りだけど、一緒の馬車に乗ってくれないのは少し残念だ。
「リアン様が言っておられましたが、リディア伯爵家の奥方様はとても気難しい方のようですよ」
「?…それが何?」
私が首を傾げれば、クレイグは小さく笑みを作って、「これは私の予想ですが」と言葉を綴り始めた。
「リディア小伯爵様は、伯爵夫人に心配をかけたくないのではないですか?ただでさえ跡継ぎだった長子が消えてしまって、伯爵夫人の精神的な疲労は計り知れないでしょう。母を思う気持ちは、どんな人間の心にも備わっているものですよ」
「どんな人間にも?母親をなんとも思っていないクズもいると思うんだけど」
「はははっ、手厳しいですな。……けれど、人は母の腹から生まれてきますから、多少の愛情はあるでしょう。それが大人になって薄れたとしても、子供の頃は母親が喜ぶ事をしようとしますし、母親の理不尽な怒りにも健気に耐えるものです」
哀愁帯びた視線を窓の外へやったクレイグの姿は、なぜか絵になるような気がして、けれどそれを言うときっといつもの笑顔に戻ってしまいそうだったから、私は微かに口を結んだ。
「……そう。でもやっぱり、リディア小伯爵が母のためになんの抵抗もしていないとしても、私は勿体ないと思うよ」
「美しい家族愛も、無視されますかな?」
嫌な質問だこと…。どこか試しているように聞こえるその問いの答えは、普通の人が聞けば嫌な回答なのかもしれない。けど、結局私に実害なんてないんだから、他人事のように言える。
「双方が納得していない限り私は認めないし、それを家族愛なんて言わない。何より才能っていう凄いものを持ってる人間が、あからさまに才能を潰す道を選ぼうとしていて、その才能はもしかしたら私や姉様の利益になるかもしれないんだよ?みすみす逃す手はないでしょ」
私の答えを聞いて、クレイグが面白そうに笑う。
「アステア様はいつも素直ですねぇ…」
その言葉にどんな意味が込められてるかなんて知った事ではないが、私はクレイグにとって面白い人間という事なんだろう。クレイグの顔が物語っている。
「素直が一番。姉様にも褒められるしね」
「えぇ、素直なアステア様が一番だと思いますよ。自分を偽る人間の化けの皮が剥がれる瞬間は見ものですが、偽っている間が非常につまらないですから」
「……時々すごい事言うよね、クレイグって」
「私はいつも自然体ですよ」
普通は主人の前でそんな危ない発言はしないんだよ!
数年一緒にいるが、今でもクレイグが掴めない。のらりくらりと交わしに交わして、それでも私の側を離れる事はしないんだから、離れた時どうなるか、ちょっと不安だ。
「………クレイグは人を依存させる天才なのかな?」
「怖い事を言わないでいただきたいですなぁ。それに、アステア様が依存されているところなど想像がつきませんよ」
「まぁ、依存はしないけど執着とかはするんじゃない?姉様大好きだし」
「いえ、貴女はしませんよ」
「?」
なぜか最後の言葉は確信しているかのようにはっきりしていて、それがクレイグの本心なのだという事だけは分かった。
「貴女は、周りの誰かが死んでも生きていける人ですから」
いつもは水に溶ける絵具のようにぼやけて伝えられる言葉が、クレイグの口から珍しく鮮明に紡がれる。私が目を見開いて驚けば、クレイグは笑みを崩さずに優しく呟いた。
「少し喋りすぎてしまいましたねぇ」
その顔が遠い昔を懐かしんでいる様に見えたのは、きっと私の思い過ごしではないのだろう。
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