第三十三話 できれば一回地獄を見れば良い、製作者め
フィニーティスは、観光地が多い事で有名でアルバまでとは行かなくとも、とても商業が盛んな国だ。カタルシアの友好国として世界に知られており、時々遊びに行く事もある。
父様もフィニーティスとの友好を大切にしているらしく、フィニーティスで行われるパーティーの際には必ず兄様か姉様が参加しているくらいだ。今の国王が父様と学生時代からの友人だという事も大きく作用しているのだろう。
自慢ではないが、他国への外出がほとんどない私でも何度も訪問している国だ。
………まぁ、良い印象はないんだけど。
フィニーティスの王妃は姉様の事を自分の娘にしたくて王子達と結婚させようとしているし、国王も良い人だが、それを止めようとはしない。私はできるだけ姉様を攻略対象へ近付かせたくないから、好く理由がないのだ。
「……憂鬱だわ…」
馬車の中でポツリ、久々にエスターやクレイグの同席なく、私一人で乗っている馬車の中に声が溢れる。
今は、フィニーティスへ行く馬車の中。
止められないからと、自分で着いていくと言い出した事だが、それでも憂鬱だ。今回は今までのパーティーとは一味違う。第一王子の帰還を祝うパーティーだから。国の王太子が帰ってくるとあって、国全体が盛り上がるのは当然なのだが、その王太子が色々と噂の飛び交う人物で。
曰く、戦闘狂らしい。曰く、血を浴びるのが好きらしい。曰く、王家の方々とは全く違う容姿らしい。曰く、気に入らないものは全て切ってしまうらしい。曰く、戦場へ出る事を至福の喜びとしているらしい。
他にも色々と。まぁ、本人自ら発した事など一つもないらしいので半分以上が嘘なのだろうが、それでも火のないところに煙はたたないと言うし、どれが本当の事なのやらわかったものではない。
クロスでも、第二王子派の手によって毒を浴びる羽目になり、クリフィードルートの悪役と結婚してから数年で亡くなる男だ。登場回数が多いわけではないので、印象にもあまり残っていないのが本音。そもそもの話として、あまり容姿が出てこなかった。クロスでの過去編は白黒が多く、メインキャラではないので色合いも謎のまま。顔に黒い影ができてしまっていて、イケメンっぽいという事しか印象にない。………正直、会ってもどうすれば良いのか分からない。
姉様に近づけさせない様にする事はもちろんだが、とりあえず友好国の王子なのだから人となりは見ておきたいところだ。
………一応、クリフィードの事についてもおさらいしておくか。
クリフィード・フィニーティス・フェルン。
極度の女嫌いで、ツンデレ、ヤンデレ、弟属性を持つ攻略対象。本音を言えば好みじゃない。ゲームをするからには全員攻略しときたかったので適当にやったと記憶してる。その割に難しくて苛ついたのは思い出したくない記憶だ。
焦げ茶の猫っ毛が印象的で、どちらかと言えば中性的な顔立ち。可愛らしくもカッコ良くもなれるので、色々な人のツボは突ける事だろう。
彼に言ってはいけない事は二つ。
一つは「かっこいいですね」という言葉。昔からその容姿を褒めまくられていたため、大嫌いな女にそれを言われると「そんなおべっかしか言えないのか」と嫌味を返されて、好感度は駄々下がりだ。
もう一つは「貴方が好きです」という言葉。本当に、もう本当に面倒なのだが、クロスではクリフィードの方から告白させないと、どんな手を使ってもクリアできなかった。女からの好意自体が大嫌いなので、ヒロインから、ではなく、自分から近づいたという事実がないと駄目なのだ。心底面倒臭い。
そんな面倒くさい第二王子を姉様に近づけさせるなんて、私が許すはずもない。
そもそも、隙あらば女を侮辱しようとする男を姉様に近づけて得なんてないし、攻略対象という事は、勝手にリリアに惚れて、勝手に国の王になってくれるのだろう。兄様とリリアのフラグが折られるなら、さっさとくっ付いて欲しい。…まぁ、その場合はクリフィードの周りの人物達が不幸な目に遭うのだが。
悩ましい、非常に悩ましいところではある。
クロス・クリーンは、製作者側の趣味なのか知らないが、登場人物が不幸な目にばかり遭う。悪役の女性達は、女性の憧れである「本気の恋」への想いを簡単に踏みにじられるし、男性キャラに至っては普通に死ぬ。女性キャラも結局死ぬ。製作者側は一度でも悪役の立場になってみろ。精神が死ぬぞ。
姉様が人生をかけたリリアへの復讐も、リリアはヒロイン特有の特別な力で「無傷の復活」をするからな。できれば一回地獄を見れば良い、製作者め。
「あー…気分下がる…」
呟くくらいは良いだろう。これから頑張らないといけないのだから。
私が一つ溜息を吐いてやれば、馬車の窓がコンコンと叩かれた。
「そろそろ着くぜ、姫さん」
馬に乗って走っているヨルの声がして、私は吐き出した息を大きく吸う。
気分、切り替えなきゃなぁ…。
お読みくださりありがとうございました。




