第三百十二話 違和を感じて
視点なしです。
「は?するわけないでしょう。頭イカれてんですか」
当然と言わんばかりに返された言葉に、バレットの額に青筋が立った。
「私嫌いな人との取引断固拒否派なので。本当、本気で、もうどうしようもないって状況にならなきゃぜえええええったいにしません!私あなた大嫌い!だからしません!」
「あなたの姉が危機的状況だというのにですか?」
「つくならもっとマシな嘘をついてください、バレットさん」
苛立ちを灯した瞳に射抜かれ、バレットは異様な居心地の悪さを感じてしまう。
「私達がここに来た時点でバレットさんすごい驚いていたじゃないですか。つまりこの世界の全てを把握する事はできていないって事でしょう?なら姉様の居場所だってわからない、姉様が今どんな状況なのかもわからないはずです」
記憶を改竄できるような口ぶりではあったけれど、この世界の全てを把握できているのであれば最初から不具合など起きないよう、問題など起きないように動いていたはずだ。全てを見通せるのであれば、神龍がバレットの言うゲームに対し参加を拒否した事にしろ、リリアが攻略対象を選んでいない件にしろ、こんな後手ばかりの立ち回りにはならない。
バレットには何かしらの制約があり、それに違反しないように動いている。
焦るばかりで見えていなかったアステアの視界は、すっかり晴れていた。
「であれば私自身が手を下せば良い。人間を1人殺すなど造作もない事ですよ」
「………あー、まぁ確かに、そこ言われたら終わりなんですけども」
わざとらしく肩を落とすアステアの仕草は妙に引っ掛かりを覚えるもので、何故だか歯痒く思えた。
「そこは仕方ないので信用してるんです。姉様を奪った山賊様を」
心底嫌だとその顔は語るのに、声色には喜びが滲んでいた。ああ、なんて忌々しい。バレットは先刻王太子達が慌てて対応していたカタルシア第一皇女の誘拐犯の正体が…それを導いた主犯がわかってしまった。
「第一皇女を攫ったのはお前か!!!」
「やだな、私はお願いしただけですって」
人聞き悪い事言わないでください、と宣う口を縫い付けてやりたいのは山々だが、隣にダークエルフがいる限りは無理だろう。
バレットはアステアを睨みつけながら、なぜ自分がこんな状況に陥っているのかを深く考えた。
最初は順調だったはずだ。世界が作られ、世界がシナリオ通りに進んでいたはずなんだ。神龍が駄々を捏ねたのは予想外だったけれど、聖女と引き合わせさえすれば強制力が使えるし、神龍は思慮深く女々しいところがあるから人間を脅しに使う事だってできた。だから、問題はなかったはずだ。
「くそっ、神に歯向かうなんてバカな真似ができるわけがないでしょう!人間は神の意向のまま動いていれば良いものを!」
「神の理不尽に抗うからこそ人間です。ほら、逃げる気がないなら早く答えてください。もういっそ主催者のところ連れて行ってくれるのでも良いので」
そんな事できるわけがないだろうに、この娘のなんと横柄なこと。
今までであればバレットは人間に深く干渉する事もなく、ただ主催者や観客の要望を叶えるだけで済んでいたのだ。クロス・クリーンだかなんだか知らないが、よくわからない物語を入れるなんて言い出さなければこんな事にはなっていなかったはず。ああいやだ、不満ばかりが溜まっていく。
「大口叩いた割にこんなに戸惑って…人間みたいですね、バレットさん」
黙りこくってしまったバレットを見て呟いたアステアの隣で、ヨルが小さく笑いを溢した。人間を見下す男に対して人間みたいだなんて良い文句だ。
けれどこれはアステアの本心だった。聖域で相対した時、このバレットという男を化け物だとさえ思ったのに、今はこんなにも焦り戸惑い、こちらを見上げる目には焦燥が滲んでいる。追い詰められた人間とそっくりな姿だ。
何も答えないバレットに痺れを切らしたヨルが、鎖をその身に食い込ませる。目覚めたばかりならまだしも、すでに数時間が経ち、意識がはっきりしている状態の神龍の残滓。それが操る異能は、バレットに確かな痛みを与えていた。──少しばかり、こんなに早く明瞭な意思を持つのはおかしいと思わなくもないけれど。何か絶対的な指針を持っていなければおかしいと、思わなくはないけれど。
そんな事は今考えても詮無い事。バレットは唇を噛み、一つ息を吐いた。
「黙りなさい。主催者の元へ行くなんて戯言を吐くくらいなら姉の元へ向かったらどうです?」
「だから姉様のところには山賊がいるから良いんですってば!話が通じないって本当に嫌だわ……やっぱりブレアに頼んだ方が良いかな、どう思います?バレットさん。ブレアって攻略対象だし、何かしら方法もってそうな気もするんですけど」
だからこそ迎えに行かせたわけだけども、と心の中でアステアが呟く。神の意思を受け取る次期教皇候補、彼なら何かしら知っているかもしれない。仕方がなかったとは言え、別行動をとったのは悪手だったかもしれないと今更に思う。
「攻略対象…ああ、聖女が選ぶ男のことですか、彼らは装置に過ぎないのだから無駄ですよ、皇女様」
「………ん?」
必死に取り繕い馬鹿にするような態度を取るバレットに、アステアは間抜けな声を出しながらも、何か違和を感じて首を傾げた。
お読みくださりありがとうございました。
話のストックがなくなりましたので、これからは投稿がまばらになるかと思います。




