第三十一話 30㎝くらい離れてる
「な、何をなさっているんですか!?!?」
歌ったらさぞ映えるんだろう美声を響かせたのは、我がアイドル、エスターだ。
「エスター、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません!なぜそんなに距離が近いんですか!!」
今のエスターは威嚇する犬みたいに見えなくもない。この場合、威嚇してる相手はヨルなのかな?
「近いって…ただ練習してただけだけど…?」
「れ、練習!?なんの練習ですか!?まさかキ、キ…」
その瞬間、ズドシッ、エスターの頭上に鉄拳が降りて来た。………久々に見たな。
「エスター、何をしているんですか?」
「く、クレイグさん!あの人が!」
「その前にアステア様方へ向けている指を下ろしなさい。三枚におろしますよ」
至って普通の顔で怖い事を言う。昔からクレイグに教育されているエスターがサッと顔を青くして、「す、すみません…」と素直に謝った。
「ここはアステア様のお部屋です。声を荒げるのはやめなさい」
「で、でも」
「でももだってもありません。何よりヨル様はつい先ほどアステア様の近衛騎士として申請が通ったのです。あの人、などと不躾に呼んではいけませんよ。わかりましたか?」
「……はい」
しゅん、と垂れた耳が可愛すぎる。垂れ耳の動物って可愛いよね。抱きしめたい。
………まぁ、それは別として、本当にエスターは何に驚いていたんだろうか。距離が近いとか言っていたけど、ヨルとそこまで近づいているわけじゃないはずだ。現に驚いて目を見開いているヨルとは30㎝くらい離れている。
「…アステア様も、エスターを驚かせないでください」
「えっ、私も怒られるパターン?」
「……いえ、無自覚ならば仕方ない事だと思うのですが…ヨル様、貴方もその距離が普通だと?」
「あ?…別におかしくはねぇだろ」
一瞬、ほんの一瞬だけクレイグの眉間が動く。あれは何か動揺して、それを必死に隠そうとしている動きだ。それくらいはわかる様になった。
ヨルの答えが気に入らなかったのだろうか。理由はわからないが、クレイグが動揺するのは珍しいから、少し機嫌が上がる。
「それで?二人は何しに来たの?」
私が聞けば、エスターは「リアン様の服ができました」と報告し、クレイグはエスターを回収しに来たのだと答えた。
「か、回収…?」
「エスター、最近の貴女は問題行動が多い様ですから。少しお話をと思いまして」
「お、お話!?あ、え、わ、わかりました…」
見た目だけを見ればクールビューティと言えるエスターだが、やはりクレイグには逆らえないらしい。まぁ、私のメイドになるためにした教育のほとんどがクレイグ監修だったから、当然っちゃ当然とも言えるんだけどね。
私がエスターと初めて会った頃を思い出してフフッと笑えば、私の目の前にいたヨルが「姫さん」と私を呼んだ。
「なんですか?」
「……姫さんってなんで俺相手には敬語なんだ?」
ヨルの質問を聞いて、数秒考える。確かにヨルは私の近衛騎士になったのだから、敬語を使うのは不自然というものだ。それに、クレイグやエスターには敬語なんて使わないし……やめるか?…あー、でも、二人みたいに私の側に半永久的に就職するわけでもないからなぁ。
エスターが結婚なんかをすれば別かもしれないけど、エスターとクレイグはまず間違いなく私の側を離れず、ずっと従者でいるだろう。離れられても困るから有難い事なんだけど。
ヨルの場合はいつでも出て行ってくれて構わない様にしたいから、敬語を継続でも良いかもな。
「……敬語は不快ですか?」
「気にしねぇよ。ただ、少し違和感があるだけだ」
「そうですか。それなら違和感に慣れてください」
「…言葉に棘を感じるのは気のせいか?」
「気のせいです」
ニッコリ、そりゃもう出血大サービスで笑ってやれば、ヨルは一つ溜息をついて「わかった」と答えた。面倒そうな事や、聞く意味のない事を聞かない、そういうところはクレイグと似ている。まぁ、たぶんクレイグの方が何倍も曲者なんだろうけどね。
「さっ、ヨルの近衛騎士姿も見れたし、リアンの服も完成したみたいだし、私は寝る!」
現在、夜10時丁度。眠い。前世では夜更かしなんてザラにあったけど、今は健康生活を送る14歳ですから、眠くなるのは当たり前だ。
私の言葉を聞いたエスターとクレイグは早々に足を部屋の外へ向け、ヨルは私の自分勝手ぶりに呆れたのかまた溜息をついていた。…これに慣れないと、私の側にいるのは相当疲れるぞ?
「んじゃ、おやすみ〜」
ゆる〜くそう言えば、エスターとクレイグは揃って「「おやすみなさいませ」」と答え、ヨルは「じゃぁな」と言葉を返して来た。
私は一つ頷くと、おそらくクレイグが閉めているのであろう扉に背を向けたのだった。
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