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第三百八話 己が保身のため

視点なしです。




風よりも早く、何よりも美しい黒馬が駆けていく。その背に跨るのは麗しい姫と姫に選ばれた近衛騎士。

彼らの後ろ姿を見送りながら、ライアンは素直に己の不甲斐なさを悔い、自分でも驚くほどヨルと呼ばれた近衛騎士に嫉妬していた。


──第二皇女が選んだ騎士が、なぜ自分ではないのだろう。


わかっている。力がないからだ。例えどんな死地に赴いたとしても主人を守り、己の命すら守れてしまうという信頼を勝ち取れなかったからだ。

わかっているからこそ、今までに感じた事のない嫉妬心が蠢いている。


「ライアン君も一緒に行きたかった?」

「!?」


隣から声をかけられ、思わず肩が跳ねる。

リアンの微笑む姿がまるで全てわかっているとでも言いたげで、ライアンは言葉に詰まった。


「い、行きたかった、です…」


けれどこれは、言葉に詰まったところで変わる事のないどうしようもない事実。

リアンの顔を見る事もできずに俯く自分の姿はどれほど滑稽なのだろう。ライアンは悔しげに眉を潜める。


「だって俺が、皇女殿下の近衛騎士なのに」


零れ落ちた言葉のなんと女々しい事か。実力不足だと判断された自分が言える台詞ではないのに、ライアンは口にせずにはいられなかった。

ライアンにとってアステアは一時の主人にすぎない。恩師である学園長デーヴィドは将来的にライアンを皇太子の近衛騎士に推薦しようとしており、その意向にライアン自身も誇りを持って了承しているのだから。

だから、そうだから、この感情は。


「それは皇女様へ向けるものではないよ、ライアン君」

「ッ!?」


心情を読んだかのように告げられた言葉に、ライアンは思わず顔をあげる。


「生涯を捧げたわけでもない騎士が持って良い感情ではないし、ましてや他に仕えなければいけない主人がいる騎士が、仮の主人に向けて良いものじゃない」


それはライアンにとって慈悲の言葉のように聞こえた。他に仕えなければいけない主人がいる、その事実を、忘れてはいけないんだと。


「今が引き時だ」


自分が言うにはあまりにブーメランすぎる言葉だとは自覚しつつもリアンがそう口にする。似たような道を歩いたからこそ、この純粋な少年には同じ轍を踏ませたくはない。

そもそもあの方は酷く冷たい線引きをするくせに、少しでも懐に入れた相手には途端に甘くなるからいけない。特にライアンは清廉潔白な性格に加えて、これから皇太子の近衛騎士となる子供だ。目をかけてしまうのも仕方ないのかもしれないが、如何せん一度緩むと結び直すのが難しい懐の結び目をしている人だから。


「そろそろ行こう。連れて行ってはもらえなかったけど、俺達には俺達の仕事があるんだから」


君主にと願った方の側にさえいられない身だけれど、それでも役に立つ事はできる。貴女の役に立つ事こそが幸せなのだ。それは立場が変わり守らなければいけないものを自覚してからも、絶対に変わってくれなかったリアンの本心。


──リアン、ライアン、カタルシアに帰るのは無しで。2人に頼みたい事があるんだけど──


アステアに頼られたという事実だけでリアンは心が躍る。その願いを遂行しよう。それが、自分がここにいる意味なのだから。

リアンはライアンの背を叩きエルフ達の元へと向かう。確か自分達の馬はエルフの里にいたはずだ。その馬に乗り、アステアが望んだ相手を迎えに行かなければいけない。

聖域にいたせいで時間が経ち過ぎてしまっているから、もうそこにはいない可能性もあるけれど。


「俺達は次期教皇様のお迎えだ」


───

















アステア一行が聖域を出た頃とほぼ同時刻、謎の男──バレットは、自分の帰りを待つ愛らしい姫の元へ向かっていた。


コンコンッ──


優しく扉をノックすれば、はーい、と軽やかな声がすると同時に扉が開かれる。現れた琥珀の姫に、バレットは穏やかに微笑んだ。


「バレット!おかえりなさい!」

「姫自らお迎えとは嬉しい限りだな」


神々が用意したこの世界の主人公、この世界の“正義”とも言える少女。それがこんな間抜け面をしているなど笑える話だ。


「どうだった?秘策は手に入った!?」


しかも他人の神経を逆撫でする特技まで持っているとは。

バレットはにこやかな表情を崩す事なく答える。ご機嫌取りをするのは彼女の加護に利用価値があるからだ。現にバレットは、彼女が祈る事で生まれる聖女の加護がなければ、あの神龍の出涸らしが繰り出した金の鎖によってその身を粉々にされていたかもしれない。ああ嫌になる、なぜ人間の下になど、と思う心は隠し通して。


「申し訳ない。少し邪魔が入ったせいでなかなか……だがカタルシアの皇女はこちらに向かっているんだろう?もうすでに秘策など必要のない段階まで来ているのだから心配する事は何もないよ」

「うん、うん!そうよね!ふふっ、本当に楽しみ。やっと大切なお姫様の1番になれるんだもの」


恍惚とした表情で呟くリリアを見て、バレットは上辺だけの笑みを浮かべる。

リリアがアステアに執着しているなど知った事か。けれどすでに大きく本来の筋書きからは外れているのだ。忌々しい人間どものせいで罰せられる未来が待っている。なら、それならば。


主人公が幸せを掴むシナリオだけでも実現させ、少しでも主催者の機嫌を取らなければいけない。


己が保身のため、バレットはほくそ笑む。

───カリアーナが山賊に攫われたという一報が入ったのは、それから数時間後の出来事であった。

お読みくださりありがとうございました。

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