第三百六話 選ばなきゃいけない
アステア視点です。
男が去った後、私達はできる限りの全速力で聖域の出口を目指した。
「おいチェイン!お前新しい神龍なら出口とか出せないのかよ!?」
『出せねぇからこうやって素直に走ってんだろうが!!』
「ねぇ待ってくださいヨル速いんですヤバイんですこれ絶対乗り物酔いしてます!!!」
「皇女様!舌を噛んでしまいますから喋らないでください!!」
「大丈夫です!吐いても仕方ない事はわかっているので!!何なら受け止めます!!」
やめて!!ライアンに自分の口から出た吐瀉物を受け止められたら私の人間としての尊厳が失われる!!!!大事なものをなくすから!!!てか私がいくら叫んでもこいつら聞きゃしねぇな!
「あ!出口!!あそこ出口です!!!」
私達を先行していたワイアットが指した先にあったのは大きな扉。入り口と似たような作りをしていたせいで、入ってきた時のように扉を開けた瞬間落ちてしまうんじゃないかという不安が一瞬過ぎったが、そんな事を考えている暇はないと辿り着いた者から扉を開けて飛び出していく。
ヨルに担がれて乗り物酔いを起こしていた私はぐるぐると回る視界の中、一応外へ出られたのだと悟ってぐったりと項垂れた。
あ、やばい、腹から込み上げてくる、吐きそう。
「ワイアット!アンタ達やっと戻ってきたね!?」
けれど幸運な事に、私が吐く前に森に大きな声が響いた。こみ上げてくるものをなんとか我慢して見てみれば、エルフのお婆さんとリアン達を助けてくれたエルフ一行が慌ててこちらに駆け寄ってきていた。
「2日も音沙汰がないから神龍様の機嫌を損ねたのかと心配になっちまったじゃないか!怪我はしてないかい?体を見せな!」
「怪我は、してないけど…」
ワイアットさんは気まずそうにお婆さんから目を逸らす。どうしてそんな反応をするのかとお婆さんは首を傾げ、私も疑問に思ったけれど、その後すぐに聞こえてきた言葉で納得する事となった。
「い、忌み者…?」
お婆さんが連れていたエルフの1人が、ボソリと呟いたのだ。それは驚くほどにその場の全員の耳に届き、視線は無意識にヨルへと向いてしまう。
「あんた、チェインかい」
その中で唯一冷静にヨルへ話しかけたのは、お婆さんだった。
「まさかまた会えるとはね……その目、聖域で何があったんだい」
『今はそんなこと話してる場合じゃねぇ』
お婆さんがヨルの金の瞳を見て眼光を鋭くする。けれどそんな事気にもとめず、ヨルはグイッと肩を上げた。
え?いや待って???私今ね、あのね、ヨルさんの肩に担がれてる感じなんですよね??え、なんでそんな事してるの?肩をあげるイコール私のお腹に食い込む仕組みよ?吐くよ??この真面目な空気の中吐いちゃうよ!?
『俺らの姫さんが吐きそうだ』
「吐かなっゔぇっ」
きっとこの中では私が一番無傷に見るんだろうが、体の中ではいろんなものが逆流し始めている。
ギョッと目を見開いたお婆さんはヨルの頭を強く叩きつけて「早くお嬢ちゃんを降ろしなクソガキ!!」と怒鳴っていた。他のエルフ達も私が今にも吐きそうだと知ると慌てて回復系の魔術を施し始め、一瞬流れた不穏な空気はいつの間にか離散していた。
ちなみに私が話を逸らすために利用されたようだと気づいたのは、このクソみたいな吐き気が治った後だった。
───
「神龍の後継か、こりゃまた厄介な事になったもんだね」
ワイアットさんから聖域で起こった出来事の顛末を聞き、お婆さんはわかりやすく肩を落とした。
「そ、そんなに厄介なんですか」
「当たり前だよ、そもそも前例がないんだ。私だって代替わりができるっていう話を神龍様から聞いた事があるだけで、まさか実際にやっちまうなんて夢にも思ってなかったよ」
お婆さんが神龍から直接聞いた話によれば、神龍は己の命を捧げる事で特定の生物に神龍の力を与える事ができるという。その行為を神龍は「代替わり」と呼んでいたと。
「ヨルが生き返ったのは…」
「代替わりの副作用とでも言おうかね。代替わりは相手に力を渡す行為、相手の体を乗っ取る事は出来ないんだろう。だから死体に力を与えた場合は、その死体が蘇って新たな神龍になる……とかなんじゃないのかい」
「やっぱりお婆さんも定かでは無いんですね」
「そりゃそうさ。神龍様は口数が多い方じゃなかったからね」
そうなるとますます神龍とお婆さんの関係性が気になってきてしまうが、それはここで聞く話でもない。
私はしばしの間考え込むと、大きな息を吐き出した。
ヨルの体が今どうなっているのかちゃんと把握しなきゃいけないのは、わかってる。
けど、それでも。
「ライアン、リアン、すぐにカタルシアに戻ろう」
きっと姉様はもうアルバに発っている。
そしてブラッドフォード達の作戦が成功していれば、姉様はアルバには到着できず、山賊に拐われたという事になっているだろう。
あの男を追って姉様を探すより、いったんカタルシアへ戻った方が現実的だ。
本当は今すぐにでも姉様を追いたいけど、私の騎士じゃないライアンとリアンをこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。これが最善、守るために選ばなきゃいけない選択肢。
───なのに。
『姫さん、それで本当に良いのか?』
いつだってヨルは、私の背中ばかりを押してくる。
お読みくださりありがとうございました。




