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第三百四話 愛の強い人

視点なしです。

第一皇女騎士団の追手を巻いたブラッドフォードがあらかじめ用意しておいた馬車に乗り込む。己の腕の中で驚きを隠せずにいるカリアーナを席に座らせると、自分もカリアーナの向かいの席に座った。

全体の指揮や後方支援をしてくれたクリフィード達は今頃撤退している事だろう。本来カリアーナを攫うのに戦力は必要でも、簡易とはいえ作戦基地を作るなどやり過ぎなのだ。それを躍起になった王妃と国王が無理やり押し通して、全く弟にはいらない世話をかけてしまった。何より王妃と国王が躍起になっている時に、自分も賛同してしまったのは流石に馬鹿をしすぎたとブラッドフォードは密かに反省している。

一応、クリフィード達に迷惑をかけるのはここまでのはずだ。ここからは、ブラッドフォードがいかにカリアーナを説得できるかの戦いになる。


「なぜ…」


馬車が動き出した後、遅れて俯いたままのカリアーナが呟いた。望ましい精神状態ではないのは目に見えていたため、カリアーナから口を開いた事に驚く。


「どうして、こんな事をっ」


グッと唇を噛みしめて、今にも泣きそうな顔で問われると困ってしまう。けれど、先になぜと聞きたいのはこっちなんだがと、ブラッドフォードの酷く幼稚な部分が顔を出していた。


「貴女が私に一言もなく、婚約を決めてしまわれたからです」


カリアーナは今、国を背負い、愛している家族の手を振り解いてまで突き進もうとしている。それは結構。皇族として生まれたならその選択は間違いではない。

だが、良い仲の相手に不義理をして良い理由に、果たしてそれはなり得るのか?

手紙を送る事はできたのではないか。互いの王同士も知っている仲なのだから、王を介して何か一言断りを入れてくれても良かったのではないか。一言、「貴方とは結婚できません」と言ってくれていたら、多少はブラッドフォードの心持ちも変わっていたかもしれない。

それでも諦め悪く攫う事にはなっていただろうが、妹姫から伝えられ剰え「攫ってくれ」なんて言われた時よりショックは少なかっただろう。


「何も告げられずに貴女がいなくなっていたかもしれないと思うと、恐ろしくて仕方ない」

「だから攫ったと?」

「それだけではありません。心当たりはありませんか?カタルシアの姫を攫えと言う人物に」


ブラッドフォードに依頼する事ができ、承諾してもらえる人物。そして人攫いなんていう手段に出るのは、と考えて、カリアーナは一瞬頭を抱えそうになった。両親の良いところだけでなく悪いところまで受け継いでしまったあの妹なら確実にやる。

だがまさか、他国の人間を巻き込むなんて想定外すぎるだろう。カリアーナは見誤ったのだ、アステアのシスコンぶりを。


「けれど、これは国同士の問題なんです。王太子の貴方ならわかるでしょう?」

「アルバが所有すると仮定している対抗手段、でしたか」

「そうです。カタルシアに争いを仕掛けるなんて相当な自信がなければできません」


言い切れてしまうほどにカタルシアの軍事力は恐ろしい。それはフィニーティスを背負うため、日々尽力しているブラッドフォードもよく理解している。


「であればフィニーティスも巻き込めば良かったのに」

「他国を巻き込めるわけがないでしょう」

「“他国”という言葉だけで括ってしまうにはカタルシアとフィニーティスの関係は強すぎます。私の父は貴女をアルバへ渡す気などさらさらない様子でした」


皇帝と国王が賛同した以上、カリアーナとブラッドフォードが結婚するのは確実だった。カタルシアの皇帝は娘を渡したくないばかりにブラッドフォード暗殺計画(仮)なんてものを企てそうな勢いだったが、それは置いておくとして。

あの優しい国王陛下は、カリアーナを娘として迎え入れられる事を心から喜んでいたのだ。

それを他所の国に奪われた挙句、その理由が脅迫だと。しかも戦いにおいて最も恐れられる友人が、意味不明な脅迫に怖気付き最愛の娘を差し出そうとしていると知った時、国王の腹の中は一体どれほど煮えくり返った事だろう。

温厚で知られるフィニーティスの国王が鬼を背負う瞬間を、ブラッドフォードはしかとその目に焼き付けていた。


「貴女はもう少し、愛されている事を自覚した方がいい」


目を合わせないようにしていたカリアーナの目が、初めてブラッドフォードの黒い瞳を見る。

不安も、恐怖も、罪悪感も、愛さえ閉じ込めたその黒に、息ができなくなる。


──どうしようもないくらい幸せになってほしいの──


母に言われた言葉は、愛が籠もっていた。それが家族みんなの総意であるのだと、ちゃんとわかっている。

けれど、皇帝と父親の間で揺れている、随分と見慣れない父の背中を。何も心配するなと笑いながら、民の事を誰よりも気にかけている兄の心を。

愛されていると理解しているからこそ、軽くしてやりたいと思うのはそんなにいけない事なのか。


「わかっているから、私も愛しているからこうしているの。邪魔をしないで」


真っ直ぐに見つめ返してくるその姿のなんと美しい事か。何よりも誰よりも愛おしいと思える人の言葉を聞き、ブラッドフォードは穏やかに笑い、答える。


「では勝負という事になりますね。私達と貴女、どちらの方が強いでしょうか」


家族のために身を差し出せるほどに愛の強い人だ、簡単な勝負にはならないだろう。

けれどこちらには、少なくとも戦争さえ厭わないと言わんばかりに怒ってしまっている国王やその妃、あとは武勲の上に成り立つ皇帝さえ恐れる皇后陛下がいる。そして何より、姉を攫えと笑顔で言ってしまうとても怖い妖精が、今この時も奔走している。

ブラッドフォードは負ける気が一切せず心底嬉しそうな顔を浮かべ、カリアーナは勝てる気が一切しない勝負を持ち出されて、心底複雑そうな顔を浮かべていた。

お読みくださりありがとうございました。

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