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第三百二話 主君の幸せ

視点なしです。


ブラッドフォードからしてみればレイラは戦わなければいけない相手と同時に、愛する人であるカリアーナの近衛騎士。傷つけるのは仕方ないにしても命を奪うなどあり得ない対象だ。

多かれ少なかれ自分もレイラにとっては似たような対象であると思っていたが、その考えは間違っていたのだろうか。殺すという直球な言葉が向けられたブラッドフォードは、眉間に皺を寄せる。


「できる限り答えよう」


一言、静かに答える。戦いの流れを止めてまで発せられた言葉だ。その重要性は考える必要がないほどに重いだろう。

レイラは息を吸い込み、意を決した表情で言葉を紡いだ。


「なぜ、カリアーナ様なのでしょうか。あの方はすでに婚約が決まり、近いうちに結婚されます。フィニーティスの王太子であればカリアーナ様以外にも相手はいるでしょうし、アルバと事を構えるなんてそもそも国を背負う者としてあるまじき判断でしょう。カリアーナ様に同情しているならそれは無用の長物にしかなりません。あの方は自分の意思で、アルバに嫁ぐと決めたのだから」


レイラはカリアーナの選択を肯定しているわけではない。主人の幸せを願わない近衛騎士などカタルシアにはいない。けれど、主人の選択を否定できる近衛騎士もまた、カタルシアには多くなかった。それが、主人が覚悟を持って決めた選択ならば尚のこと。

主人を最も近くで見守る近衛騎士だからこそ、否定できない。


レイラは今、見極めているのだ。


この男は主人の選択を否定しうるだけの存在なのかと。この男に任せて主人は幸せになれるのだろうかと。

この男に託して、主人がした選択以上の幸福が、主人に訪れるのだろうかと。


だがレイラは一つ、重大な事実を忘れていた。


「彼女の意思は尊重するが、それが俺の意思を曲げる理由にはならない」


この男は、あの厄介この上ないシスコンの許しを得るほどまでに、カリアーナに惚れ込んでいるという事を。


「幸せにしたいと思った以上、俺には何がなんでも彼女を幸せにする以外の道はない!」


天使の髪に口づけをした時から日に日に大きくなる感情。それはまさしく恋と呼べるものであるし、愛と呼べるものでもあるだろう。

物分かりの悪い馬鹿な男を本気にさせたのだ。責任を持って幸せになってもらう。

そんな身勝手極まりない事を堂々と宣うブラッドフォードに、レイラは目を見開き、湧き上がる感情を殺すように口を結んだ。


本当に、つくづく厄介な男が現れたものだ。


レイラはただ、カリアーナを渡せるだけの決意を見せて欲しかっただけなのに、これではブラッドフォード以外の人間にカリアーナを任せられなくなるじゃないかと。


「できれば馬に乗っておいてください」

「?」


ブラッドフォードには勝てず、騎士団も押され気味でこのまま長引けばこちら側も王太子側も死傷者が出かねない。この場を収める最善の手は、はなから決まっている。


「隙ができたら、すぐに攫ってくださいね」


妹の旅立ちを憂うような笑みを見せ、レイラは馬車へ駆け出した。


───










馬車を取り巻き激化していく戦いに、副騎士団長マジャは眉間に皺を寄せて苛立ちを露わにしていた。

賊一人一人の動きはどう取り繕っても騎士のそれだ。しかも統率の取れた連携、挙げ句の果てには馬車と離れた森の中で団長と戦っている人間のただならない気配。全てを総合して導き出される答えなど知れている。

なぜ邪魔立てするのか、思考してすぐに答えに辿り着いた。カリアーナとレイラが話していたのを、マジャも聞いた事があったのだ。初めて恋をした人と良い仲になって浮かれない人間などいないから、とても分かりやすかった。

けれど、それでもだ。これは国が絡んだ結婚。横槍を入れればどうなるかくらいわかっているだろう。


迫りくる敵を切り倒し、マジャが地面に倒れ込んだ敵の傷口に目をやる。


深傷ではない。腕と腹を切りつけたから剣は握れないし息もし辛いだろうが、足は残してあるから逃げようと思えば逃げられる範囲内の傷だ。

相手がフィニーティスである以上、できる限り殺す事は避けたい。だが見たところ相手の正体に気づいていない団員が多く、それに伴って相手を本気で殺そうとしている団員が多い。フィニーティス側が攻撃を避ける事を優先しているのを見るに、こちらを本気で殺すつもりはないらしいが…。


本気で殺しにかかってくる相手をいなし続けるのは、簡単な事ではない。


時間が経つにつれて強くなる血の匂いと耳障りな金属音。血を流しているのはフィニーティス側だが、体力を消耗しているのはカタルシア側。

これでは共倒れになるし、傷を負った者は早く処置をしなければ間に合わなくなる。

相手の目的がカリアーナを攫う事と仮定した場合、どうするのが最善か。このままアルバまで逃げ切るか、フィニーティス側に渡してしまうか。渡した場合のカタルシアへの被害や騎士団への処分はどうなる?

マジャはグルグルと回る思考をなんとか整理しながら戦場を見渡した。

相手の目的がわからなければアルバまで逃げ切る事だけに意識を向けられるものを、フィニーティスの目的は分かり易すぎるのだ。

そして最もマジャの選択を惑わせている理由。それはただ一つ。


──彼らに渡した方が、幸せになっていただけるだろうか…。


主君の幸せ。それを求めるからこそ、迷わざるを得なかった。

お読みくださりありがとうございました。

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