第三百一話 最善の選択を
レイラ視点です。
カタルシア帝国に騎士団あり。そんな言葉は、騎士を志す前から嫌というほど聞いてきた。カタルシアを強国たらしめる理由は圧倒的な戦力にあり、その大部分を担っているのが騎士団だ。
ある時は数万の兵を10人足らずの騎士団が殲滅したと、ある時は略奪を繰り返す賊をたった1日で狩り尽くしたと。数多の武勇伝が彼らの存在をより強いものにしていた。
だからこそ、淑女であれと教えられた私でさえ、憧れた。
カタルシアは基本的に女は淑女、男は紳士でいなさいという教えのもと子供の教育をする。もちろんそれは押し付けではないし、皇族の皆様の中に個性的な子供が生まれやすい事もあってか子供の意思はできる限り尊重する風潮が根強い。
それでも女には淑女らしく、男には紳士らしくあってほしいというのが親心なのだと、騎士を志した時に母に言われた。母はいわゆる箱入り娘で、剣を握る同性が周りにいなかった。父も可愛がっていた娘がいきなり男の中に混じり、傷つく事も厭わずに戦いたいと言い出すのだから猛反対。
憧れは良い、だが目指すのは許さない。それが両親の言い分だったのだ。
だから剣を握ろうとすれば遠ざけられるのも、ドレスを余分に買い与えられるのも必然と言えば必然だった。剣の教師なんて以ての外だ。
だが、まさか見合い話まで持ってこられるとは想定外だった。
貴族の娘、しかも10代とあらば見合いをするのは不思議な事ではないけれど、両親は見合いではなく気長に恋愛結婚を目指してくれれば良いと言っていたから、私を騎士にしないためだけにその言葉を覆すとは思っていなかった。
恋愛結婚よりもお見合い結婚の方が長続きする、そんな言い訳を吐いた両親が恋愛結婚だったのはなかなか気に障るものがあったし、優しい口ぶりで夢を何度も否定される事には苛立った。
「貴族の娘は大変だよな。俺はレイラのこと、騎士に向いてると思うけど」
そう言ったのは、密かに剣の練習に付き合ってくれていた冒険者のリアンだった。結局リアンも家出をしただけの貴族令息で、今は当主になるべく奮闘中らしいけど。
あの時のあの言葉を、どういう気持ちで言っていたんだろうか。当時の事を後ろめたく思っているようだし、聞いたって話を濁されるだけだろうから聞かないが。
どうやったって、両親に認めてもらわなければ騎士にはなれない。見合いの日が近づき、もうなす術がないのかと悔しくて俯いた時。
───カリアーナ様は、現れた。
ちょうどその時リアンは冒険者としての仕事に行っていて、私は1人で剣の稽古をしていた。
「女性の騎士を探していたの。お話ししませんか?」
動きやすい真っ白なワンピースを着て、にこりと微笑む姿は天使の名に劣らない美しさ。声まで愛らしかったカリアーナ様に衝撃を受け、固まっているうちに我が家でカリアーナ様をおもてなしする事になっていた。
何がなんだかわからない状態でカリアーナ様とお話しして、カリアーナ様が帰られる時に、私の運命は大きく変わった。
「貴女の手のたこが気に入ったわ」
そんななんとも言えない言葉で人の運命を変えるのだから、カタルシアの皇族様は本当に恐ろしい。そう言えば初めてアステア様とお会いした時もその強烈さに驚いた。似たもの姉妹なのだ、あの2人は。
それから第一皇女近衛騎士団を中心として私はビシバシ様々な騎士団でしごかれた。それはもうこれ以上したら死ぬのではないかという境を行ったり来たり。どれだけ訓練で嬲られようと生死の境目を熟知している諸先輩方の見極めにより、指導の手が緩められる事は終始なかった。
そのおかげで今があるのだから、諸先輩方には足を向けるどころか頭が一生上がらないのだけど。それでもちょっとは恨めしく思っている。
それに恨めしく思う理由は、しごかれたというものだけではない。
例えば今、こういう時に自覚する。彼らに鍛えられたからこそ嫌というほどに。
───私は、騎士団長に相応しい力量ではないのだと。
ブラッドフォード王太子の攻撃をいなしつつ、馬車の周りで行われている戦闘を盗み見る。マジャがいるおかげでまだカリアーナ様は無事のようだが、互いの力が拮抗しているのは見て取れた。
このままではいずれ団員の中に死傷者が出るだろうし、最悪の場合はカリアーナ様が攫われるだろう。
「よそ見とは余裕だな」
「ッ!!」
ガキンッ、大きな金属音とともに訪れた腕の痺れに奥歯を噛み締める。受け流せなかった一撃は重く、微かに欠けた剣を見て、王太子殿下の実力を再確認する。
きっと、私でなければ、ブラッドフォード王太子殿下は倒せるのだ。
そう思うほどまでに私と他の騎士団長との力量差は大きい。私は他の騎士団長の足元にも及ばない。おそらく、もうアステア様の側を去ったあのダークエルフにも勝てないだろう。王太子殿下の攻撃もいなすのがやっとで、賛辞すら嫌味に聞こえるのだから笑えない。私が最も劣っているのは明白な事実。巷では騎士団にくる批判を実力で黙らせたと噂されているようだが、実際は劣っていると思っていた存在が思いの外強かったから驚いた程度。その驚きが薄れていけば、いつかは自分の弱さがバレてしまうかもしれない。
剣を構えたまま、王太子殿下を見据える。
「王太子殿下、聞きたい事があります」
だからこそ、私は今。
「答え次第によっては、私は相討ち覚悟で貴方を殺します」
勝つ以外で最善の選択を、しなければいけない。
お読みくださりありがとうございました。




