第三十話 かッッッッッッッッッッッこよ
近衛騎士の申請が父様の無言の圧力で難なく通り、私の事を嫌っているらしいエミリーに邪魔される事もなくヨルは私の近衛騎士になった。
「……姫さん、この服…」
「正装です」
「いや、でもよぉ…」
「もし戦う時に不便だと感じたらすぐにデザイン変更はできますから。それが普段着になります」
「………こんなヒラヒラなのが…?」
ヨルの顔はどんな表情でも絵になるくらい整っているが、ありえないものでも見る様な目はやめてほしい。……クレイグみたいな生暖かい目も嫌だけど。
今、ヨルが着ているのは近衛騎士の正装…の、アレンジ版だ。別に通常デザインでも良かったが、近衛騎士の服は階級を分けるためのもの。近衛騎士団長と、その団に属する近衛騎士を分けるためのものなのだ。だから、私の近衛騎士が多くなり、団と呼ばれるまでにならない限り、近衛騎士の服は結構自由にやっても良い。
それに、特別感があって個人的にこっちの方が好みだ。
「ヒラヒラとは失礼な。その服、結構有名なデザイナーに頼んだんですよ?」
「…良い布とか使ってんだろ。そんなすぐにできるもんなのか?」
「もちろん。腕の良いのを五人ほど雇って協力させましたから」
ニッコリ笑ってやれば、ヨルはまたありえないものを見る様な目を向けて来た。
………仕方ないじゃないか、私は早くヨルの近衛騎士姿が見たかったんだから。
カタルシアでは、皇族の髪色が白雪だからなのか、身の回りを世話する従者や近衛騎士も白を身につける事が多い。もちろん、ヨルに白が似合わないなんて事は絶対にないが、私が着せたいのは黒なのだ。
その名の通り夜を模した様な容姿のヨルに、裏地は青の漆黒の騎士服、装飾は銀色のものを着せたかった。もう願望だ、絶対着せると誓っていた。
ヨルがヒラヒラだと言っているのは、おそらく肘ほどまである小さなマントの事だろう。だが、騎士にマントはつきもの。絶対取ってやらん。
「…なんで青なんだ?」
「え?」
綺麗な銀色の瞳が不可解そうに細められた。本当に綺麗な目だな。
「裏地。一応近衛騎士なんだろ。だったら姫さんの色を入れた方が良いんじゃねぇか?」
「ヨルのそういうところ好きですよ」
私の答えとも言えない言葉を聞いて、ヨルはじとっと私を見つめる。いや、別にはぐらかそうとしたわけじゃないからね。
「私の目、紫であって青なんですよ。光の加減で変わるんです」
「変な目だな」
「………そんな事言ったのヨルが初めてですよ。ま、そういう事なので、青で良いんです」
納得、とまではいかなくとも、「そういうもんか」と言いながらマントを気にしているヨルを見て、密かに尊死する。そんなに気になるのか、絶対取らん。今堅く誓った。
「………このまま数時間眺めていたいんですけど良いですか?」
「普通に嫌だ。そもそも、そんな長時間俺みたいなのと一緒にいて姫さんの従者は何も言わねぇのかよ」
「大丈夫です。ヨルは私の近衛騎士なんですから。文句を言う人がいたら殴って良いですよ」
「…それは冗談だよな?」
「好きな様に受け取ってください。我慢は体に良くないですから、少しの事なら揉み消せるとだけ覚えておいてくれれば幸いです」
ま、揉み消すのは私じゃなくて、兄様や父様。あとはクレイグ辺りだと思うけど。もしかしたらアルバのアーロンとかも出張ってくるかもな。あ、脅すのも良いか。
ヨルが暴れても対処できる様に整えておくつもりだから、思う存分好きな様にやってほしい。ヨルみたいなタイプを飼い殺しにするつもりは最初から、私にはない。
「姫さんの変人っぷりには驚かされるばっかりだな。まぁ、距離感確認するまでは大人しくしてるつもりだから安心してくれ」
つまり確認したら暴れると。私が刺客などに狙われる確率は極めて低いし、ストレス発散も兼ねて暴れて良いのよ。後始末もできる様になれば万々歳だけどね。
「わかりました。あ、そういえばヨル」
「ん?」
「その姫さんって言うのなんなんですか?」
呼び方なんて気にしないけど、流石に公の場でそれはまずい。理由聞き出してさっさとやめさせなければ。
「あー、最初が嬢ちゃんだったから癖になっちまってるのかもな。直すか?」
「できれば。公の場でそれはまずいですから」
「…俺だってそれくらいの分別は弁えてるつもりだぜ?」
………まぁ、ヨルも大人だしそれくらいはできると思ってるけども。
「じゃぁ、やって見せてください」
「よしきた。任せろ」
随分砕けて接してくれる様になったヨルに、懐かなかった猫が懐いてくれた様な嬉しさを覚える。
小さく息を吐き出したヨルはいきなり真顔になると、これまた美しい所作で私の目の前まで歩いて来た。
「第二皇女殿下、お手をどうぞ」
かッッッッッッッッッッッこよ。
かっこいい可愛い好き。まじでヨルの顔が良い。声も良い。近衛騎士にして良かった。跪かないところもまた良い…跪くのが基本だけど。
「…及第点ですね。ヨル」
心の中で大フィーバー中だが、どうにか理性を取り戻しクスッと笑って呟く。
するとヨルは、「及第点なら良いだろ?」と聞いてきた。別に良いわけではないけど、ヨルなら許す。顔が良いって得だ。
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