第二百九十九話 厄介な相手
視点なしです。
騎士に守られた白銀の馬車。ゆるりゆるりと動いているのは警戒の現れだ。
森の草木に隠れ、馬車が予定地点まで進むのを今か今かと待っている賊達は、冷静にその状況を見極めていた。
剣を持つ者であれば誰もが知っているカタルシア帝国の近衛騎士。その精鋭ぶりは数多の戦場で証明され、カタルシア帝国が最強の軍事国家だと謳われる最大の要因である。
中でも第一皇女近衛騎士団は稀有な存在で、構成員が全て女性なのは有名な話だった。女性騎士の立場は弱く最初こそ非難されていたが、他の近衛騎士団と遜色ない強さを見せつけ、言葉の如く“実力で黙らせた”騎士団だと言い、彼女らがいるからこそ今、少しずつではあるが女性騎士の待遇が見直されつつあるとも言われている。
決して油断できる相手ではない。特にカタルシアの騎士団長クラスは一騎当千の力を持つと言われ恐れられている。
緊張が走るその場には、誰1人としてカタルシアの騎士を見誤る者はいなかった。
そんな事などお構いなしにやってくる実力があるからこそ、皇族に魅入られた“騎士団長”なわけだけれど。
スッ───
一筋の光が視界を遮ったかと思えば、次の瞬間には数十本とある太い木々が倒れていた。
「はっ!?」
思わず溢れた驚きの声は地響きにかき消されていく。
舞い上がる砂埃と鳴り止まない木々の倒れる喧しい音が相まって賊の数人が腕で顔を覆い、また数人が数十本、いや、百を超える木々が美しい断面を持ってして斬り伏せられる光景を唖然と眺めていた。
「なぜこの馬車を襲ったのかは後で聞くとしましょう」
まるで災害の如く森を破壊した騎士が、そう呟く。ズシリと空気が重くなり足先は恐怖で震え、男が振るうものよりも幾分か細い剣は圧倒的な凶器に見えた。
目の前の彼女以外、カタルシアの騎士は誰1人として馬車から離れた様子はなく、それはつまり数十人はいる賊を彼女1人だけで対処可能だと判断したという事と同義だった。
ヒヤリと背筋が凍る。そんな判断ができる事自体、本来ならばあり得ないのだ。
一瞬で力の差を理解してしまった賊──フィニーティスの騎士達は、剣を握る手に力を込めた。
けれど──。
「全員下がれ」
その一声で強張りを見せていた騎士達の体から緊張が消える。
レイラはその変わりように眉間の皺を深くさせたが、その声の主の顔を見れば瞬時に状況を理解した。
「騎士団長の貴女が最前線に出てくるとは驚きだな」
冷静に言い放つ人物は、見間違えようのない男。レイラが何よりも至高とし誰よりも敬愛する主人カリアーナの想い人──ブラッドフォード・フィニーティス・フェルン。
そしておそらく今、もっともカリアーナが会いたくない人物である。
「なぜ、王太子殿下がここに…」
奥歯を噛みしめながらも、レイラの頭はブラッドフォードがここにいる理由を導き出そうとする。
「───わかりきっている事を聞く意味はないだろう」
ブラッドフォードは目を伏せ、次いで声を張り上げた。
「騎士団長の相手は俺がする。行け!」
「っ─!」
その言葉を合図に騎士達は駆け出し馬車へ向かっていく。馬車を守る騎士団の騎士達は、レイラが相手をしているはずの賊が襲いかかってきた事に一瞬の動揺を見せたが、さすがカタルシアの騎士と言ったところか。すぐに応戦し、あっという間に金属同士がぶつかり合う物騒な喧騒にあたり一帯が包まれた。
レイラは思わず忌々しげに顔を歪める。賊の虚をつき木々を切り倒して現れたのは、自分1人で制圧するのが馬車の進行を邪魔せず、最も時間を食わない方法だと考えての事だ。
討ちもらしがあったとしても馬車の周りには第一皇女騎士団の面々がいるし、万が一にも危険はないと、そう判断したのだ。
「婚約はもう決まった事!他国の王太子がどうにかできる問題ではないとわかっているでしょう!?」
その判断が間違いだったと目の前の男を見て悟ってしまったレイラが、苦し紛れに問いかける。
「どうにかできるできないではないんだ、騎士団長」
鞘に納めていた剣を抜き、ブラッドフォードはレイラを見据える。
戦場で戦神とまで謳われたブラッドフォードに足止めされていてはレイラは馬車の周りで行われている戦闘に参戦できない。考えられる限りの相手の中でもっとも相手にしたくない相手が来てしまった事に、密かに頭を抱えたくなった。
「どうにかするために、ここへ来た」
ブラッドフォードは慣れない様子で穏やかに笑っている。つくづく厄介な相手が現れたものだと思いながら、レイラは笑うブラッドフォードとは対照的に、感情を殺すように唇を噛みしめた。
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