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第二百九十話 もがく権利くらいあるだろうが!

心臓がバクバクと煩くて目眩がする。貧血になった時と似てるのかな。血が引いていく感覚が気持ち悪くて思考を奪う。


「ヨルって…皇女殿下の近衛騎士だった…?」


後ろでライアンの声が聞こえた。それは驚愕に満ちていて、あぁ、そうだよ、と頷きたくなった。あの、血だらけになってるのが私の騎士なんだ。騎士だった男だ。


「なんっ、なんでっ…ッ…よ…ヨ、ル……」

「皇女様!お気を確かに!」


肩を掴まれて、体の向きを変えられて、目の前で必死な顔をしていたのはリアンだった。今この場にいる中では私以外で唯一「ヨル」を知ってる人。


「り、あ…ヨルが…」

「わかっています、大丈夫です。大丈夫ですからゆっくり息をしましょう。このままでは過呼吸になってしまうかもしれない」

「だ、だってヨルが…」


死んでいる。確かに死んでいるのだ。遠目でもわかるほど無機質になったあの死体は確かにヨルで、つまり死体になったって事はヨルは死んでいるという事で。

リアンだってわかっているはずなのに。私では想像もできないほど騎士として鍛錬を積んできたリアンがわからないはずがない。あの血の量で、あのピクリとも動かない姿で、全てわかっているのに。


「ッ…死、んでる…!」


その言葉は想像以上に重たくて吐き気がした。湧き上がるのは感情と、それに比例する涙と嗚咽。なんで気づかなかったんだろう。全てが手遅れになった今そんな後悔が募るなんてズルいものだ。気付かなったんじゃない、忘れていたのに。近しい人が死んでしまうと、確かに夢で見ていたはずなのに。


なのに、と後悔ばかり。


「よ、る…ヨル…ッ」


私の泣きじゃくる姿を見て言葉をなくしたリアンの手を振り解き、ヨルに視線を向ける。見える光景は何も変わっていなくて絶望するしかできないけれど。死んでしまった、その事実は変わらないけれど。見ずにはいられなかった。目を背けるのはヨルが死んだ事を無視しているようだと思ってしまったから。だからちゃんと見て、やっぱり動かないのを確認してしまって、また涙が溢れての繰り返し。


なのになんでそんな事言うの、ワイアット。


「チェインがそんな簡単に死ぬはずない!」


腕を掴まれて振り向けば、ワイアットがどこか怒りが見え隠れする表情をしていた。涙を流して熱くなった目を大きく開き、「えっ」と声を溢す。


「ちぇいん…?」

「あんた達とチェインがどういう関係かは知らないけど、チェインが死ぬ事を神龍様は許してない!だったら死ぬはずがないんだよ!」


だから死んでない!と叫ぶ大きな口が今度はグッと奥歯を噛み締める。その顔は動揺を隠せてなんていなくて、けれどどうにか取り繕おうとしているようだった。


「よるの事、知ってるんですか…?」

「………俺が知ってるのは、チェインの事だけですよ」


少し冷静さを取り戻したワイアットが私から目を逸らした。そうだ、ワイアットは「アイツが戻ってきたのか」と何か勘付いている様子だった。それがヨルであるという事は今の状況を見てしまえば紛れもない事実だろう。ワイアットの言葉がどれほど信じられるかはわからない。けど、それでも、ヨルと神龍の事を知っているらしいワイアットの言葉だ。多少の可能性はあるはず。

………小さすぎる光なのに縋ろうとしてしまうのは、きっと私がヨルの事をまだ引きずっているからなんだろう。


「…リアン、ヨルを奪える?」

「!……未知数の相手ですので絶対ではありませんが、あの二人の気が逸れる機会があるのなら可能かと」

「………わかった」


涙を拭って、突っ立っているライアンも呼び寄せる。シャキッとしろ私。

引きずってるからなんだ、短い間だけど一緒にいたヨルが突然いなくなったんだから引きずるだろ。私はすぐ忘れられるような人間じゃねぇんだよ。重荷になるとか笑われるとか色々考えてたけど、目の前で死にかけてるんだからとりあえず助けようとして何が悪い。あのダークエルフは私の騎士だった男だ。もがく権利くらいあるだろうが!開き直れ私!


「あ、でもその前にワイアット」

「?」

「もしかしたら後で責めるかもしれないから先謝っとく」


開き直った人間の逆ギレほど面倒なものもそうないだろう。

ヨル…ワイアットに言わせてみればチェインという男は、神龍の許しがない限りは死ぬはずがないと言う。なら私はそれに縋って見せる。けど、もし万が一その言葉が間違っていたとしたなら、私はきっとワイアットを責めてしまうかもしれないから。なんであんな事を言ったんだ、言われなければ希望を見ずにいられたのに、現実だけを見ていられたのに、と。


「ごめんね」


ニッと笑ってやれば、ワイアットは驚いたような顔をしていた。そうだよな、さっきまで動揺しまくりだった奴がいきなり笑ったらおかしいに決まってる。けど、縋れるものがあるなら手を伸ばしてしまう楽観主義者、それが私なのだ。


リアンの背中を押し、私を守るように立ったライアンの後ろから、すっと息を吸い込んで、叫ぶ。


「人の大事な騎士を勝手に殺すなバカァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


そんな率直な言葉は、洞窟内にいとも簡単に響き渡った。

お読みくださりありがとうございました。

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