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第二百八十九話 確かに、同じ

視点なしです。

聖域は神龍の心の中を映し出す場所であり、その聖域内での事は全て神龍に覗かれているようなものなのである。それは他の神の聖域も同様のため、余程愛されていない限りは聖域内で一個人が好き勝手できるものではない。

そのはず、なのに。


『なぜ、あの子の血の匂いがする…?』


低く低く、地を這うような、あるいは弱者を萎縮させる圧倒的強者の声色で怒りを滲ませる。聖域内でその聖域の主である神の怒りに触れてはならない。そんな事は常識だ。


零れ落ちた言葉で全てを悟ったのはワイアットだった。


「ッ…しんりゅ…っ!」


ブワッ──


けれど、時すでに遅く。

大きく広げられた翼の風圧で視界がかすみ強く目を瞑ってしまった一瞬、その一瞬で神龍は目の前から消え去っていた。


「──…かっ…はっ…はっ…」

「ッ……!ゲホッ、ケホッ…ッ」

「はっ…ハァ…っ…い、今、の…」


神龍がいなくなった事で威圧感から解放されたリアン達がいつの間にか止まっていた息を吹き返す。冒険者をしていた事もあり様々な相手と対面してきたリアンでさえ冷や汗を流さずにはいられなかった。ライアンは息が吹きかえった拍子にむせ返ってしまい、アステアは無意識に震える体を抑えるように自分の手を握りしめる。


「いや、俺もまだ全部把握できてるわけじゃないんでわかんないです……けど、ここから早く離れた方が良いのは確かですよ」

「え…?」

「聖域内は神龍様の精神そのもの。つまり神龍様の心が荒れれば聖域内もそれだけ荒れるし、出口も塞がる可能性があるんです。下手したら神龍様の怒りが収まるまで出られなくなりますよコレ」


どうしたものかと頭を抱えるワイアットを見て、ライアンがふと思う。


「あの、神龍の怒りってどれくらいで収まるんですか…?」

「………あー…まぁ場合によりますけど、長いと百年くらいは…」


サァッと全員の顔が青くなる。確かに神の怒りが一日そこらで収まるはずはないだろうが、百年は流石に長すぎるだろう。聖域内で天寿を全うするなど御免被る。


「まぁ大抵は荒れるだけで出口が塞がる事は滅多にないんですけど…ちょっと、今回はヤバいっぽいんですよねぇ」


ほら立った立った!とリアン達を急かすワイアットは、全員が立ち上がった事を確認するや否や「着いてきてください」と言い放ち走り出した。


「とりあえず来た道なぞって帰りましょう。エルフと違って、人間は百年もしないうちに死んじゃうでしょ」


冗談交じりの言葉が本気である事をリアン達はすぐに理解した。四人の中で圧倒的に走れないアステアは途中からリアンに担がれ、多少の無茶も厭わない速さで聖域内の険しい道を戻っていく。


そして、あと少しで聖域内に入った場所に着くと言うところで。


『ふざけるのも大概にしろ!!!!』


怒りに満ちた、龍の声。

その瞬間に、アステアはある夢の事を思い出してしまった。


「ッ…ッ…!」

「?…皇女様…?」


──ふざけるのも大概にしろ!──


同じセリフだ。現実と夢では声の遠のき方も聞こえてくる声量も何もかも違うけれど、確かに同じ声。確かに、同じ。


「お、ろして…」

「え?」

「今すぐ下ろして!お願い!!」


なぜ今まで忘れていたのか。あんなにも気分の悪い夢はそうそうないと言うのに。あんなにも状況が分かりやすく限定されている夢はなかったと言うのに。

確かにあの叫び声は龍の咆哮だったのだから。あぁだめだ、一度思い出してしまえば次々と鮮明になっていく。全てが今の光景に当てはまってしまっていく。

アステアはリアンの背中から降りると、神龍の威圧のせいで怯え上がった足を無理に動かした。今すぐに確認しなければいけない。今すぐに無事を確認しなければ。ヨロつく足を叱責して走る。


夢に出てきた死体は、誰のものかわからなかった。


けれど、それでも、なぜだか確信のような予感がしてしまう。エルフの里、神龍に愛されたダークエルフ、ワイアットが呟いていた戻ってきた誰か。嫌だ嫌だ、絶対に嫌だ。血だらけになっている姿など、目を閉じて一生動かなくなった姿など見たくもない。


「ふざけてなどいませんとも。ただお告げをお伝えに来ただけなのに何故そうもお怒りになるのかな?」


やめて。


『龍の逆鱗に触れれば神とてただでは済まんと言うのによほど死にたいらしいな!!その手に握られているものはなんだ!!』


お願いだから。


「………あぁ、あなたがこの森人を可愛がってくれていたおかげで干渉する事ができましたよ。嬉しい誤算でしたね」


一文字一句違いのない言葉を聞きながらアステアが立ち止まる。その先にあったのは神龍が見知らぬ男を今にも殺さんとしている光景で、男の手には、血だらけの………。


「ヨ……ル………?」


一言もなく消え去って自分の心にぽっかりと穴を開けた男の名を呼び、アステアはいつぶりかに見た己の騎士の死体を見て、立ち尽くす事しかできなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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