第二百八十六話 龍は密かにほくそ笑んで
後半視点なしです。
入った瞬間に足元の感覚がなくなって心臓が止まるかと思ったが、まぁなんとか尻が泣くほど痛くなる形で地面に落っこちる事ができた。
落ちた瞬間痛みで動けなくなったが、衝撃を耐え忍ぶために瞑った目を開けてみれば見えたのはキラキラと輝く鉱石が至る所にある洞窟。なんとも幻想的な光景だ。
「ちょ、結構大きな音しましたけど大丈夫ですか?」
「申し訳ありません皇女様!私が先に入れば抱きとめる事ができたものを…!」
「お怪我はないですか!?頭は打つけていないようですが骨に響いていたら大変です!」
すぐに入ってきた三人は華麗に着地…。なんで君らは普通に着地できてるんだ!猫の生まれ変わりか!?けど猫だって太ってたらドテンと落ちるぞ!可愛いけども!!
「あの、マジで大丈夫ですか?全然反応しませんけど」
「たぶん平気だと…これは通常運転なような気がします」
ワイアットが心配そうに顔を覗き込んできて、ライアンが呆れ半分諦め半分のような顔をする。そこでハッとした私は、「なんか諦められた気がする」と呟いた。時々クレイグも私の言動を見て「アステア様はこう言う方ですからね…」とか言って何かを諦めるんだよ、解せぬ。
それからヒリヒリして骨まで痛いお尻を労わりながら、他に怪我をしているところがないかをチェックした後、ゆっくりと立ち上がる。
「こんな事初めてですよ」
「え?」
「ここ神龍様の聖域なんである程度は神龍様の心に左右される部分があるんですけど、入り口がこんなに面白い事になるなんて…」
「ほほう…?」
「あ、いやなんでもありません!」
面白いとはつまり私が落っこちた事が面白いってのか!?ああん!?
すぐに謝ったところを見るとそうなんだろう。いつもだったらシメてるところだ。
「けど本当になんでだ?……神龍様が心を乱されるなんてまずあり得ないしな……落ちる…落ち込んでるのか?」
「私はジェットコースター乗った時みたいな感じがしましたけどね」
「じぇっと…?」
「あー…ここが神龍の心が反映される場所って事なら、ジェットコースター状態とでも言うのかな。簡単に言うと感情の起伏が激しくなってるって事ですよ」
ジェットコースターこの世界にないもんなぁ。説明が面倒なのでそれとなく話を逸らすと、ワイアットが動かなくなってしまった。
「………まさかアイツが戻ってきたのか…?」
ぽそりと呟かれた言葉は確実に私の耳に届いてきて、首を傾げる前に「戻ってきた」と言う単語に反応してしまった。なんとなく、ブレアの話が過ぎってしまったから。
やっぱり、ヨルは神龍と一緒にいるのかな。
………ん?
ちょっと待て。もし今ワイアットが呟いた「アイツ」って人がヨルだと仮定するなら、ワイアットはヨルを知ってる?いや同じエルフだし知ってても不思議じゃないけど、忌み者と神龍が一緒にいてエルフは平気なのか?
「あの…」
「あ、すいません!さっさと行きましょうか!」
「いや聞きたい事が…」
「聖域は神龍様の思うがままなんで、もしかしたら聞かれてるかもしれないですよ?」
「え!?そういう事は早く言ってくださいよ!!」
「いやぁすいません」
神龍と会うのが目的だし、下手にヨルの話をして神龍に聞かれたらマズいかな…。
私はモヤモヤした気持ちのまま、ワイアットの案内でキラキラと輝く宝石箱のような洞窟の道を進む事にした。
───
『………』
ゆっくりとした動作で眠っていた龍が目を覚ます。住処に入ってきたのは四人。エルフ達が作った入り口から入ったのならエルフが招き入れたのか……一人だけ足音が違う者がエルフだろう。どちらにしても愛し子には出てこないよう言っておかなくては。
けれど、あの子の姿はどこにもない。
眠っている間に果物でも取りに行ったか。それとも剣の稽古だろうか。昔は単純に強くなっていく事が楽しいようだったが、帰ってきてからは稽古をしているところを見るたびに何か焦っているようにも見受けられる。
外で何があったのかを聞けたらどんなに良いか。なまじ聖域内にいる事で少なからず愛し子の心の機微がわかってしまい、聞かれる事を拒んでいるのだと知っている。そのせいで直接聞いてしまう事も躊躇われ、龍は毎日欠かさず稽古をする愛し子を見ている事しかできないのだ。
『……とにかく、会わせないようにしなくては…』
目的は自分なのだから誘導はしやすい。龍は自分の元へ来れるように道を作ってやり、また目を閉じた。一人がエルフ、二人が男、一人だけ軽い足音は女。聖域は龍の心の中のようなもので、勝手に踏み荒らされるのは気分が良いものではない。けれどなぜだか不快感はなく、特に少女とも言えるかもしれない女の足音を待ち遠しく思っていた。
それは彼女が特別だからではない。ましてや聖女だからでもないだろう。
ただ、変化をもたらす者だとどこかで直感していたから。
龍は密かにほくそ笑んでから深い眠りについた。
お読みくださりありがとうございました。




