第二百八十五話 簡潔に言おう、落ちた
「と、まぁそんな事があったわけです」
意識を失っていたリアンとライアンは、エルフ達が怪我をした時によく訪れているという癒しの泉の力で全回復を遂げる事ができた。目覚めた瞬間にずぶ濡れ状態だった事には驚いた様子だったが、ワイアットから事情を説明され、二人も気絶する前の事を少しずつ思い出したらしい。
「なるほど…暴行された時も意識が薄かったんですが、そういうご事情でしたか。最初に相対した時に話を聞こうともせず応戦してエルフが抱えるトラウマを刺激してしまったのかもしれませんね」
「え!?いや、マジで全面的に非があるのはこっちなんで!そんな事言わないでください!」
「皇女様が謝罪されたのでしょう。であれば我々もそれに準ずるまでです」
「だーかーらー!その皇女様も応戦した事に関しては謝罪してませんから!こっちに非があるって事になってますから!」
「お二人とも言い争ってる前に第二皇女様の心配しませんか!?」
よく…よく言ったライアン!!
ライアンに介抱されながら私はそう思った。いやぁ地獄を見ました。まだ早馬の方がマシだったね。エルフの脚力舐めてたわ。さすが森の住人。下手したら獣より早いんじゃなかろうか。
「あれくらいでへばるなんてヤワですねぇ…」
「皇女様、泉の水は飲んでも回復できるそうですよ」
「男が浸かった水を女性に飲ませはしませんよ!?」
「ライアン君、俺にとって皇女様は女性じゃなく皇女様っていう生物であってだな」
「殴られて頭おかしくなったんですか!?」
ものすごく正論を言っているはずなのに喚いているのがライアンだけとはこれいかに。ていうかリアン、お前もしかして結構頭イっちゃってるんじゃないのか。なんだよ皇女様っていう生物って。帝国の姫は全員が皇女様だよ。
「やっぱりリアンを騎士にしなくて正解だったかな…」
それともリディア家の次期後継者として勉学を積む最中に貴族社会に揉まれて性格が変わったのかな。まぁとりあえず、私の口に泉の水を突っ込もうとしてライアンと喧嘩するのはやめなさいね。私ちゃんと起きるから。
「!皇女様!起きられましたか!!」
「さっきまでの対応どうした」
「?…あぁ、冗談を言っていれば皇女様が起きられるかなと」
「冗談で人の口に水を突っ込もうとするんじゃない!」
やっぱり性格変わってるだろコイツ…。
───
リアンとライアン達に治癒系魔術をかけて癒しの泉まで運んでくれたエルフ達と別れ、ワイアットの案内に従って森を進んでいく。
「あれ?確かこの道は通ったはず…」
ポツリとライアンが呟きリアンも道を確認すれば、確かにこの道は森を訪れた時に通った道らしい。しかも本当に森の入り口に近い場所。けれど癒しの泉からしてもこの場所は随分と離れているはずだろう、とリアンが首を傾げる。
「魔術で見つからないようにしてるんですよ。里で一番腕の良い魔術師達の力作なんで、余程魔術に長けてないと人間じゃ見破れないんです。神龍様のところに行く時だけ色んな道を魔術で繋げて一本道にしてる、みたいな感じです」
「ほ、ほう…?」
「イッポンミチ…ツナゲル…」
「みたいな感じ…とは…」
フクロウの真似でもしたのかと思うくらい惚けた顔で頷いたのはリアンで、宇宙猫のような顔を披露したのがライアン。いつもはクレイグがいるから魔術の事などからっきしな私は首を傾げてわかりもしない説明を促した。
「理解してなくても平気ですよ。俺が連れて行くんで。っていうか、もう着きましたし」
「!」
なんかイケメンっぽい事をサラッと言ったワイアットよりも、ワイアットが指し示した先に意識が向く。なんの変哲もない森の空間。けれど「そこだ」と指を差されると、確かにそこには透明な壁のようなものがあった。
「魔術で作られた道を通らないと、見えたとしても絶対に触れる事ができない扉です」
ニコニコと笑うワイアットが何を考えているのか分からなくて、ゴクリと喉を鳴らす。
「ここが最初の関門。この扉を開けられない者に神龍様と御目通りする資格はありません」
「…お婆さんが言ってた、「神龍様が拒否すれば何をしても会えない」ってやつですか?」
族長さん達の会議でお婆さんが言っていた事。あれはただ単純に人間なんて簡単に跳ね除けられるのだから、という意味合いだったんだろう。だけれども、神龍の元へ向かう道中の試練を比喩する言葉と受け取る事もできる。
私が聞くと、ワイアットは「う〜ん」と唸りながら腕を組んだ。
「別に神龍様は試練なんてこれっぽっちも用意してないですよ。ただ、この扉は神龍様の気持ちそのものなんです。神龍様が嫌いな奴はもちろん開けられないし、神龍様の機嫌が悪くても開けられない。逆に機嫌が良ければ開けられますよ。頑張って」
それはもう運試しのようなものなのでは…。微妙な顔を隠さず披露すれば、ワイアットが大きな声で笑う。どうやら私の顔が彼の笑いのツボを押してしまったようだ。
意を決して空気の壁に手をかける。ドアノブなどはなかったのでただ押してみると、案外簡単に扉は開いた……のだが。
「え、」
ヒュンッ──
簡潔に言おう、落ちた。
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