第二百八十三話 思い知らされた
エルフの里がある場所の地下。木でできた牢屋の奥の鉄柵の向こう側に案内されると、私をここまで連れて来てくれたワイアットは愉快そうに言った。
「気に入られたもんですよね〜」
首を傾げると「婆様ですよ」と言って吹き出すワイアットは、どうやら笑いの沸点が低いようだ。
「あの人、エルフがここに移り住んだ頃からずっといる古株だから族長でも言う事聞かせられないっていうか。そもそも族長が里のエルフに罰与える時でさえ婆様が一緒にいないと駄目なんですよ?」
「移り住んだ頃って…」
「確か八千年くらい前だったかな?俺まだ二百歳の若造なんでよくわかんねぇわ!はははっ!」
「はっせ…二百!?」
「たぶんですけど、人の二十年がエルフの二百年相当なんですよ。だから俺を人の年齢に変えると二十歳ぐらいだと思いますよ。だからそんなに驚かなくても」
「いやいやいやいやいや!」
長命種だとは知ってたけどそんなにエルフって生きるわけ!?え、ちょっと待って、そう考えても八千年って長すぎない?二百年が人間で言うところの二十年でも、八千年はどうやっても人間で言うところの八百年になるんですけど!?
「お、お婆さんって一体いくつ……」
「それね〜、うちの里でも謎なんですわ。婆様の話を聞く限りだと最低でも八千二百年くらいは生きてると思うんですけど」
「え、なんでですか」
「歴史と照らし合わせてるだけですよ。八千二百年前に大国が一つ消しとんだ事があって、婆様その頃の事懐かしそうに話してたんで。まぁその頃って俺生まれてすらいないんですけども」
「け、消しとん……もう頭が…」
「あっはははは!まぁ普通は千年生きれば長い方なんで、婆様の事はあんま気にしなくても平気ですよ」
「あ、はぁ…」
まぁ二百歳が二十歳なら千年は人間で言う百歳なんだよな、たぶん。それは確かに長生きだ。て言うかお婆さんが「婆様」って呼ばれてるの族長の乳母とかじゃなかったな。もっとすごい理由だった。
改めて自分がすごい人に助けられたのだと自覚して、なぜだか溜息が出そうになった。神龍に会うまでにこんなに疲れるとは誰が予想しただろうかって話だ。
「話してるうちに到着でーす」
ガチャッ──
呆気なく開けられた牢屋の錠が物悲しく鉄柵に引っかかり役目を終える。ワイアットは「応急処置はしてるはずなんですけどね…」と少し居心地悪そうに言ってから、私を牢屋の中へ通した。
「──ッ!!」
応急処置なんかでは到底止められない量の血が牢屋の地面には広がっていて、浅い呼吸を繰り返す二人は今にも事切れてしまいそうだった。
ヒューヒューとか細い呼吸を聞いて居ても立ってもいられなくて、服に血がつく事も忘れて二人に駆け寄る。
「ちょっと待ってください、治癒魔術だけでもかけますから」
話していた時のおちゃらけた明るい雰囲気は消え失せて、ワイアットは少しの焦りを滲ませながら二人の治療を初めてくれた。
「すんません。たぶん俺の名前出せば牢屋の門番も動いてくれると思うんで人呼んできてもらって良いですか。これ俺一人じゃ無理だわ」
「あ、はい!」
治癒系魔術を使う時は大体の場合、治している箇所が強い光で照らされる。そのせいで治癒系魔術は神の恩恵で成り立っているとかよくわからない学者の論もあるが、その光が強ければ強いだけ高等な治癒系魔術が使われていると言う事らしい。
そしてワイアットが使っている魔術は、太陽のように強い光を伴っていた。
「ダァもう!!嫌いなのも程々にしとけよ馬鹿か!!」
冷や汗ダラダラで叫んだワイアットを背に門番のところへ駆け出す。
正直、ワイアットの言う通り門番が動いてくれるとは思っていない。牢屋がある地下に入る時に門番と目を合わせたが、どう見ても私を目障りに思っているような目をしていたから。
「嫌いなのも程々に…って、無理な話なのかもな…っ」
エルフは見目麗しい容姿をしているために人身売買の標的にされやすい。数回だけならばまだエルフ達も守りをより強固にして仲間を奪還しようとしただろう。けれど今の現状はただ、森の中に引き籠もり周りとの接触を絶っている。それが示す答えは、「どんなに守りを固めても、どんなに奪い返しても無駄だった」と言う事。
何をしても無駄なら奪い返す事はせずに守りを固め距離を置くしかない。それでも奪われるけれど、奪われる数を減らしていけばいつかは……そう考えて外との接触を絶っているのだとしたら。
里に現れた何もできない人間の女一人と、怪我をして無抵抗の男二人。
こんなに都合の良い憂さ晴らしの対象はいないだろう。
いや、憂さ晴らしというのはあまりに侮辱しすぎだ。復讐の対象。少なくとも、エルフの中にある憎悪を幾分か軽くする事にはなるだろう。
───思い知らされた。
私は本当に運が良かっただけ。お婆さんが私を女だからと他の部屋に移してくれたから無事だっただけなんだ。部屋に行けばお婆さんに見つかるかもしれないからと、全部の憎悪が牢屋の二人に向けられたのかもしれない。
──人間嫌いのエルフの里にいたら何されるかわかったもんじゃないからね──
お婆さんの言葉は私を早く神龍のところへ行かせるためのものじゃなかった。
ただ、事実を言っただけだったんだ。
お読みくださりありがとうございました。




