第二百八十二話 かのダークエルフと同じ、暗い髪を
視点なしです。
アステアがエルフ達の会議に乱入していた頃、ブレアとラニットは清い空気がより一層濃くなっていく洞窟の奥へ足を進めていた。
「この洞窟どこまで続いてるんでしょうか…」
「そうだね。空気が濃くなっていくのはラニットもわかる?」
「はい。自然と心地良いというか…」
「清い場所は清く正しくある者には薬になるからね。けど少しおかしいな…」
神の名を冠しているほどの龍が住まう場所ならば聖域になるのもわかる。神龍の力が強ければ強いほど住まう場所の周りにまでその聖なる力は及ぶだろう。
けれど、本来聖域とは聖職者や清い魂を持った者しか入る事を許されない。それは聖域の力が強すぎるためだ。神の愛し子などという存在までいるこの世界は神との距離が近いのだ。そのせいで神が鎮座する聖域に入ると常人は気を失ってしまう。敬虔に祈りを捧げ加護を受けた者だけが正常でいる事ができる。
信仰深いと言っても、果たして洞窟の外にまで力を届かせる神龍の聖域にラニットが耐えられるのか…?
「ラニット、神様の声とか聞こえた事ないよね?」
「はい?……ブレア様じゃないんですから、聞こえるはずないじゃないですか」
全くその通り。あり得ないと知っていて聞いた事を否定され、ブレアは頭を悩ませた。これはなんだか嫌な予感がする。いや、アステア達が向かった方に神龍がいるならば手間が省けるが、神龍を守護するエルフが問題だ。他神とは言え、神に祈りを捧げているブレアやラニットならば多少受け入れられやすいかとも思っていたが、普通の人間がエルフに受け入れられるかと言われると言葉につまる。
怪我をしていなければ良いと面白い事ばかりする皇女の事を思ったブレアは、パッと明るくなっている洞窟の先に気がついた。
「出口でしょうか」
「んー…でもそれにしては空気がここと大差ないような…」
清くはあるが聖域と言うには薄い。やはり、聖域のようなもの、と言うしかなく、紛い物のような気がしてならないのだ。
とりあえず見てみればわかるはずだと駆け足で向かうブレアに、ラニットが呆れながらもついて行く。
出口の先は、天井の突き抜けた大きな遺跡だった。
「ここは…」
先ほどの洞窟とは打って変わって清く、そして壮大な威圧感のある場所。自分の見当は大きく外れていたなと肩を落としたブレアは、後ろを付いて来ているはずのラニットに振り向いた。
「ラニット、たぶんここが聖域の真ん中…ラニット!?」
「ぶ、れあ、さま…」
出口の壁にもたれかかり今にも気絶しそうなラニットの元へブレアが駆け寄る。
「す、みません。少し、意識が…」
「きっとここの力が強すぎるんだ。仕方ない事だから謝らなくて平気だよ。ゆっくり眠って」
「は…い…」
聖域の力に耐えられなかった者は気絶してしまうけれど、よほど神の怒りを買っていない限り死ぬ事はない。逆に正しい行いをしてきた者は目覚めた時に病が治っていたと言う事例もある。
聖域の力が比較的弱い洞窟の影にラニットを寝転がせ、ブレアは遺跡をぐるりと見渡した。
「聖域の力は強いけど、神龍はいなさそうだな…」
他の神の聖域なのか。はたまた聖獣が住み着いて神龍と間違われているのか。もし聖獣だったとして無闇に殺される事はないため、ブレアは遺跡に足を向ける事にした。ラニットが目覚めてからでも帰るのは遅くないだろう。
「それにしてもすごいな…こんな遺跡が森の中に……って、ん?」
ふと触れた遺跡の壁には、劣化して見辛くはなっているが絵が描かれていた。あと数年もすれば読めなくなってしまいそうなほど風化しているが絵の所々に文字も書いてある。
「……もしかしてエルフの古代文字かな…」
確か教皇と、教皇に許可された者しか立ち入る事のできない書庫に似たような言葉の本があったはずだ。数代前の教皇がエルフから譲り受けた物で、今ではエルフが外と交流したという貴重な証となっている。
「えーと…確か教皇様に教えてもらったんだよな。………これは、のろい…いや、災い?…くにに、災いを、もたらした……魔術師…?」
エルフは太古の昔から森に住まう一族だ。国など作った事はないはずだろう。つまりもし読み違いでなければ、これは人間の歴史という事になる。
「なんでエルフの森に人間の遺跡が…」
この森に人間が住んでいたのだろうか。そうであれば、エルフと共存していたのか。色々な考えが頭を巡り、ブレアが思考に没頭しそうになった時。
「確かにエルフの歴史ではないが、それは間違いなくエルフの記憶だ」
「!」
聞こえた声はラニットとは間違っても考えられない男の声だった。片手に弓を持ったダークエルフ。遺跡が崩れて歴史の小さな破片となった瓦礫の上から自分を見下すそのエルフに、ブレアは目を奪われた。
「暗い髪の、ダークエルフ…?」
なぜならそのダークエルフは主人を傷つけられ暴走したかのダークエルフと同じ、暗い髪を持っていたのだから。
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