第二百八十一話 見せ場を取られたような
「カ、タルシアだと…?」
族長さんがあり得ないとでも言いたげな声で呟く。他の面々も目を見開いていて、さっき若い衆が怪我をしたのは仕方ない事だったと族長さんに口添えしてくれたワイアットも言葉をなくしていた。
「………戯言だ。こんなところに大国の姫が来るはずがない…!」
いち早く冷静を取り戻したのはグレイソンで、その言葉によって族長達もハッとしたような顔をする。…嘘じゃないんだけどな。
「カタルシアの皇族という事は、私の容姿で証明できると思いますが」
こういう時、本当にこの美しい容姿は役に立つ。白雪の髪にアメジストの瞳。光に照らされて輝く姿はまさしく天使のようだと謳われる。カタルシアは歴史もある国だから、他国との交流がないエルフだってその容姿くらいは知っているはずだ。
「ならその瞳はどう説明する?カタルシアの皇族は皆揃って紫の瞳だろう!」
「これは母の瞳を受け継いだんです。母は青い瞳をしているので…」
「娘よ、我々は現皇后を知らない。皇后が青い瞳をしていると証明できるか?」
私の答えに返ってきた族長さんの言葉で、奥歯を軽く噛み締める。ただでさえ母様は国民にも姿を見せる事が少ない。箱庭で生活をしている人だ。エルフ達が知っている方が驚くという話だろう。
私の容姿そのものが証明になるからと少し油断していた。さて、どう説得するか…。
「アンタ達往生際が悪いよ!これだからしみったれた男は嫌いなんだ!」
「!?」
後ろからいきなり大声がして振り向けば、お婆さんが眼光鋭く族長さん達を睨みつけていた。
「この子はろくに連絡がつかない私らエルフに、できるはずない連絡を「できずにすみませんでした」とちゃんと謝って、若い連中を怪我させちまった事まで謝ろうとしたんだ。私らが人間嫌いと知って、どれだけ気を遣って話していたかこれだけでわかるだろうが!カタルシアの姫だっていうのがハッタリだろうとなんだろうと、ここまで誠心誠意話してくれた相手を無碍にするなんざこの私が許さないよ!」
「だ、だが婆様!人間を神龍に会わせるなど…!」
「神龍様を守ってんのはアンタらの勝手だろう!それとも何かい?神龍様がこんな小娘一人に操られて利用されるような御方だとでも言いたいのか!」
「そんな事は…!」
「だったら良いじゃないか。そもそも神龍様の元へ辿り着ける人間なんて一握りなんだ。神龍様が拒否なされれば、私らが何しようとこの小娘は神龍様に会えない。この時間が無駄なんだよ!」
「連れてきたのは婆様だろう!」
「気が変わったんだよ!」
お婆さんが物凄い理不尽な事を言っている…。確かにブレアの話を聞いた限りでも、エルフが神龍を守るようになったのは、神龍に愛されたダークエルフを迫害したにもかかわらず神龍が怒らなかったせいでエルフ達が勘違いしたから、みたいな感じだったけども。
ここまでハッキリ言ってしまって良いんだろうか…。
「出たー。婆様の正論&我儘パーンチ!」
「ワイアット!慎め!」
「はーい」
族長さんとお婆さんの言い合いにかき消されそうだけど、なんだかグレイソンとワイアットの微笑ましい会話が聞こえたような…。他のエルフ達もなんだか呆れたような感じになってる。え、何この諦めムードは…!
「婆様!さすがにこれは勝手が過ぎるぞ!」
「勝手が過ぎるのはどっちだい?アンタ、また若いエルフ達が人と関わろうとしたのを叱っただろう!これじゃ一向に人間嫌いが治らないじゃないか!」
「うっ、そ、それは…代々の掟を破ろうとしたから罰したまでだ…!」
「私抜きで里の者を罰するのは掟を破った事にはならないのかい?」
「うぐっ…」
あ、これ族長さんの負けだな。父様も母様に怒られた時はこんな感じだ。何を反論しても正論で言い負かされて、時々母様の揚げ足をとって言い返しても揚げ足を取り返される感じ。とっても懐かしい光景だ。
「わかったらさっさと許可出しな」
「………」
「あぁ!?」
「……………はい」
完全に族長の威厳とかなくなっている…。もしかしてお婆さんは族長さんの乳母とかだったんだろうか。それなら「婆様」と呼ばれている事にも納得がいく。まぁそれはともかくとして、族長さんから許可をぶんどったお婆さんは私の頭をワシャワシャと撫で回した。
「会議に参加してない連中にも私から言っとくが、早いうちに神龍様に会いに行くんだよ。人間嫌いのエルフの里にいたら何されるかわかったもんじゃないからね」
「え、あ、はい…!」
男勝りな態度だけど、私の頭を撫でる手の指は細い。なんだかむず痒くなってきて、これがカッコいい大人というやつなのだろうか、なんて思ってしまった。きっとそれを言ったら姉様を始めとした周りに「カッコいいけど理想にしちゃダメです!絶対に!」と怒られてしまいそうだけど。
「ワイアット、この子を仲間のところに連れてっておやり。神龍様の元への案内もお前がするんだよ」
「うぇ!?」
「なんだい、文句あんのかい」
「イエ、アリマセン」
お婆さんにギロリと睨まれたワイアットが、姿勢正しく敬礼してこの話は幕を下ろした。
私はというと、お婆さんのおかげで丸く収まり感謝しかないけど、少し見せ場を取られたような複雑な気持ちになったのだった。いや本当にお婆さんには感謝しかないけどね!!!
お読みくださりありがとうございました。




