第二百八十話 秘策とも言えない実力行使
「まずはいきなりの訪問になってしまった事、誠に申し訳ありませんでした。話を聞けば私の連れが皆様の身内の方に怪我をさせてしまったとの事で、それにつきましても私の監督不行届でございます。皆様との対話を優先させるよう言いつけておくべきでした」
深々と頭を下げれば、ワイアットと呼ばれた若い見た目のエルフが「あれはしょうがないでしょ」と誰に言う訳でもなく声にした。
「俺達も武装してて、何よりなんの確認もなく攻撃しましたし。あれはどう考えてもお互い様ですよ」
「……そうだな。若い衆をまとめているワイアットの言葉もある。謝罪は前触れのない訪問についてだけ受け入れよう」
「ありがとうございます」
エルフは人嫌いと言う前提で話すつもりでいたけど、どうやらそうじゃない人も中にはいるようだ。何よりお婆さんと話していた時は感情の起伏が激しかった族長さんが、今は落ち着いた様子で話している。
これは思っていたよりもちゃんと話を聞いてもらえるかもしれない。
「あの、一つ確認してもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「私の連れ二人はどうしているのでしょうか」
「あぁ…それなら拘束させてもらっている。さすがに我が集落の精鋭達を相手に善戦した人間を野放しにはできん」
「そうでしたか。安心しました」
怪我をしていたとしても無事なら上々。学生であるライアンもリディア家次期当主のリアンも死なせたらまずい。何より死なせたくない。
「では本題についてですが、私がこちらの集落を伺ったのは案内をしていただきたいからなのです」
「案内…?」
「はい」
──森の守り人たる皆様ならきっと知っているであろう、神龍の元へ。
その瞬間、一気に部屋中が殺気立ったのがわかった。戦闘もろくにできない私が感じ取れるのだ。今の言葉で相当怒らせてしまったんだと、すぐに分かった。
「娘、次第によってはお前はこの森で死ぬ事になるぞ」
「承知の上です。ですが今皆様が想像されたような事はないと、最初に断言しておきます」
「我々の想像とは?」
「エルフを捕らえて売るような浅ましく醜い人間の争いに、神龍を巻き込むつもりはないと言う事です」
「ッ…!」
図星だったんだろう。いや、それよりもこんなにはっきり言われるとは思ってもいなかったのかな。私が他国からの使者にしろ、純粋な旅人にしろ、神龍を利用しようと考えているのだとさっきの言葉で勘違いされたようだったから。そんな私がこんなにはっきり違うと断言して驚いた、というところだろう。
「………では、なんのために神龍様を探している?」
「リリアという少女に出会ったとしても、力は貸さないでほしいという願いを聞き入れてもらうためです」
私の答えを聞いた族長さんは「は?」と声を溢した。あぁこれきっと、そんな事のために?とか思われてるんだろうな。
「そんな事のために神龍様を探しているのか?いるかもわからないのに?」
ほらやっぱり。
「人の願いの重要性なんて他人が決められるものでもないでしょう?それに、いるみたいですからね、神龍」
「!?……なぜそうと言い切れる?」
………この人、本当に族長なんだろうか。こんなかまをかけたとも言えないハッタリで動揺する人がエルフの族長なんて、私には関係ないけどエルフの将来が心配になってくるぞ。
「はぁ…アンタもう族長何年目だい。そろそろ動揺しないっていう基本的な事を身につけな。お嬢ちゃん困ってんじゃないか」
見かねたお婆さんが族長さんを睨み付ける。それが普通の反応ですよね!
「悪いね。これでもちゃんと族長やってる奴だから安心して話して平気だよ」
ニコッと笑いかけてくれるおばあさんの安心感が半端ない…。グレイソンというらしいエルフはお婆さんの事をやっぱり睨んでいるが、お婆さんはどこ吹く風。男前な女の人っていうのは総じてかっこいいものだ。
「はい。………あの、族長様、私は本当に神龍に会って話をしたいだけなんです。どうか神龍様に会わせていただけませんか?」
この申し出が断られれば、次はいよいよ秘策とも言えない実力行使に出るしかない。私はもちろん、エルフにだってそんな気は一切ないはずで、最悪の場合は戦争に発展とか本末転倒な事が起こりかねない作戦だけど。
これしかないのだ。だから、どうか、断らないで。
「………断る。どんな事情があろうとも、人間を神龍様に会わせる事はできない」
エルフからしたら当然の対応だろう。人間である私がここに立って、話を聞いてもらえているだけでもきっと奇跡みたいな事なのだ。だけど、それならもう一度奇跡が起きてほしかった。
「では、武力行使するしかなくなってしまいます」
「なに…?」
私にはなんの力もない。クレイグがいたのならきっとこの言葉にはリアリティが出るだろう。けれど、私が今行使できる力であるライアンとリアンはどこかで拘束されている。私にも私自身にも、今はなんの力もない。
───けど、私の立場だったら?
「申し遅れました。私の名はアステア・カタルシア・ランドルク。カタルシア帝国第二皇女でございます」
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