第二百七十二話 神龍探し
「フェアリーコロシアムの時、皇女殿下が気を失っていた時にカマをかけた。皇女殿下の近衛騎士だったダークエルフ…ヨルさんは、怒りのまま意識を手放している状態でも確かに反応してたよ。だから多分、間違いないと思う」
気まずそうに、けれど確かに断言したブレアに、目眩がしそうだった。それが本当だとして、では今私はヨルを手放した事を後悔しているのか?違う。ヨルの過去についてショックを受けているのか?違う。
正体のわからない、やり場のない戸惑いだけが湧いて出てきているのだ。
いつ出て行っても良いように、ヨルに対してだけは敬語を使っていた。一種の線引きみたいなものだった。なんとなく、ヨルの事はとても大切になってしまいそうな、そんな気が無意識にしていたから…。けど、今更なんでまたヨルが関わってくるのか。
私の背中を押してくれたのは、確かにヨルの言葉だったけど。なんで、感情の整理がついていないうちに、また出てくるんだ。
「………ヨルの事はわかった。ブレアの話が本当だったとして、この件にヨルは関係してる…?」
「可能性はあると思う。皇女殿下のところから、その…いなくなったとすると、エルフは神龍を守る種族のようなものだから側にはいると思うよ」
ブレアが気を遣っているのがわかる。きっと洞窟の入り口を見張っているリアンも私の心配をしてくれている事だろう。ライアンにはヨルの話を一回しかした事がないから状況に追いつけていないかもしれない。けどごめんねライアン、今それに構うほどの余裕が私にはない。
「リアン、ライアン、エルフが住んでいる森について何か知ってる?」
「え?」
「特に忌み者が生まれやすい集落とか森とか。神龍の愛し子がエルフの忌み子なら、忌み子が多い場所に神龍がいるかもしれない。迫害された子供を積極的に保護しているんだったらきっと自分の手がすぐ届く範囲にいるはずだから」
「なるほど…」
ヨルの話も、神龍が愛した暗い髪のダークエルフの話もクロス・クリーンには出てこない。そもそもエルフ自体登場する機会があまりないんだ。なのになんでこんなに神龍と関わり合いがある…?
第四章、あとは隠しルートでしか登場しない神龍だから、他の攻略対象より情報や公開されているストーリーは確かに少なかった。けど、こんな事実があったなんて予想外も良いところだろう。
とりあえずブレアの話でリュウの森の手がかりはできたけど、混乱する情報が増えてしまった気がする。
「……ありがとう。知りたい事は知れた。ヨルの事は…まぁ、おいおい考える。とりあえず今は神龍を探す事に専念するよ」
「あ、その事なんだけど、神龍探しに僕も連れて行ってくれないかな?」
ニッコリ笑う顔はなんと綺麗な事か。けどできれば今の私を必要以上に混乱させないでほしい。いや、混乱というか思考停止?
「………は?」
絞り出した声なんて、そのくらいだった。
───
「という事でラニット、ついて来て」
「何が、という事で、ですか!!さすがに怒りますよ!?」
意味がわからない!と叫ぶラニットに同情の目を向けざるを得ない。だけど目があった瞬間に睨まれてしまったので肩をすぼめるしかできなかった。
ここは馬車の中。先ほど突拍子もない事を言いやがったブレアがニコニコの笑顔でラニットを連れ込んだ場所でもある。
「これ誘拐ですよね!?」
「だって普通に言っても着いてきてくれないじゃん!」
「逆ギレ!?」
「それに、それを言うんだったら僕も誘拐された身だよ、ラニット」
「はい!?どういう事ですかそれ!!」
もう説明も何もあったものではない。ブレアの胸倉を掴み上げたラニットをなだめ、爆弾しか投下しないブレアを黙らせてから、ラニットと一緒に深呼吸をして向かい合う。
私の隣にいるライアンは終始心配そうな顔で見つめていた。なんて良い子なんだライアン!!私の癒し!!!
「えっとあの、つまり皇女殿下は神龍を探して会うために行動していて、ブレア様はそれに着いていきたいと願いでて、それで私も同行させたいという事ですか…?」
「うん。こっちはブレアが一緒に行くの許可した覚えはないんだけどね」
「けど僕が一緒に行けば神様関連の事は楽だと思うよ〜?見たところ連れの二人は生粋の騎士みたいだし、神道なんて興味ないタイプの人達でしょ?」
指摘された途端あからさまにライアンが目を逸らす。騎士学校では大きな怪我をせずに学べるよう神様に祈りを捧げる時間があるはずだけど、育ち盛りの卵達が素直に祈りを捧げている姿も想像しにくい。
「い、一応祈りは捧げてます、一応…」
ぼそっと呟かれたライアンの言葉に、答えるだけ素直だな、と感心する。けどその答えがブレアの提案を肯定してしまっていて、私はガックリと肩を落とした。確かにブレアが一緒にいた方が何かと楽だろうよ…。
「わかった……けど、数日は帰れないかも知れないよ?教皇候補なのに大丈夫なの?」
「あぁそれは平気。さっき置き手紙書いてきたから。僕が数日雲隠れするのも珍しい事じゃないしね」
「そういうとこはちゃっかりしてんのね……わかったわかった。で、ラニットは…」
「私はブレア様の騎士ですから……お世話になります」
全てを諦め切った顔で呟いたラニットが深々と頭を下げる。なぜだかそれが、「慣れてますから」と言っているような気がしたので、私は黙ってラニットの肩に手を置いた。
かくして、ブレアとラニットが神龍探しに加わったのだった。
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