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第二百七十話 そんな神を頂く信徒

最初だけブレア視点です。

人生何が起こるか分からない、と遠い昔に教皇様から言われた事がある。その時教えてくれた、自分を死に損ないだと罵るアンデッドの話には胸を痛めたけど、そのおかげでその言葉がとても印象的だった。


晴天も晴天、雲一つない青空の下、僕は誘拐された。


───











時は一時間ほど前に遡る。ブレアが書庫で眠っていた時の事だ。アステアにはもう手紙の返事を書いた事だし、シャーチク関連の訪問者も既になくなった。ラニットには怒られるだろうけれど、まぁいつも通り丸め込んでしまえば良い話である。

すやすや、言葉にするならまさにそれだろう。気持ちよさそうに眠るブレアは、気づかなかった。


バッ──


「!?」


服の擦れる音一つもせずに伸ばされた手は、ブレアの口元に薬品の匂いが漂うハンカチを押し当てた。その瞬間、くらりと襲いかかってくるのは酷い目眩と眠気。その威力は、すぐに意識を手放してしまうほどだった。


そして目が覚めた時には、ガタガタと揺れる馬車の中。


「うん、どういう事だろ…」


全く意味がわからずに窓の外から見える青空を見つめる。

拘束自体は緩いが逃げ出せば何をさせるか分からない。何より馬車から飛び降りるにはブレアの体は貧弱だ。

できれば殺されたくはないな、と思いつつ、なぜ自分が攫われたのかと考える。教皇候補として疎まれる事も少なくないが、こんなあからさまな手段を取る見知った人間は今のところいないはずだ。

なら外部の人間か。狙う理由はなんなのか。いつ侵入したのか。答え合わせはできないが、この状況では考えない方が無理な話だ。

いつもなら何も考えずに見れるはずの青い空が、今日はいやに頭を刺激する。それは今から起こる事をなんとなく察しているからなのかもしれない。

なんとなく、こんな大事を普通に引き起こしてしまいそうな外部の人間が思いついてしまう事にブレアは笑いながらため息ができる思いがした。いや、やろうと思えばできてしまい、すぐ行動しそうな人物、と言った方が正しいだろうか。


ガタッ──


「!」


軽い衝撃とともに馬車が止まる。少し待っていれば御者をしていた男が馬車の扉を開けた。腰に剣をさしている事から察するに騎士なのだろう。


「ブレア・サディアス様、手荒な真似をした事を深くお詫びいたします。貴方とお会いしたいと言っている方がいるのですが、会っていただけますか?」


なんとも丁寧な謝罪だが、連れ去った時点で言う事を聞かせる気満々だろうに。騎士はリアンと名乗り、ブレアが頷くと馬車の外へ連れ出した。

馬車の外には洞窟があり、すぐにここが森の中なのだと気づく。街中だとブレアの顔を知る者も多いため密会には最善の場所だろう。

リアンに案内されるまま素直についていくと、洞窟の一番奥で岩の上に座っていた人物に、ブレアは「やっぱりあなたでしたか」と苦笑いしてしまった。


「その様子だとわかってたみたいだね」

「もちろん。皇女殿下の突拍子もない行動にはフェアリーコロシアムの時で慣れたから」


ブレアがそう言うと、ブレアを拐った相手、カタルシア帝国第二皇女アステア・カタルシア・ランドルクはにっこりと笑った。


「それなら良かった。で、次期教皇様をここに呼んだ理由、わかる?」


少しばかり挑戦的な物言いに、ブレアは数日前の事を思い出す。アステアから送られてきた手紙は確かに返事を書いたはずだ。


「手紙の返事が気に入らなかったのかな?」

「え?」

「?」


これ確実に行き違いが起きてるなと即座に直感したのはアステアの後ろに控えていたライアンと、ブレアの近くで洞窟の入り口を見張っているリアンだ。


「だって僕、手紙には返事を…」

「いや、届いてないけど」

「え!?ちゃんと書いて手紙を出すために机に置いといて、それで………あ、確か信徒の人がくれたお菓子をラニットが持ってきて、一緒に食べたような…」

「………一応聞くけど、手紙出すの忘れたとか言わないよね?」

「あはは〜忘れました!」


ズコッとわざとらしくアステアが転けそうになる。幸い岩の上に座っていたから難を逃れたものの、引き締めていた気が緩んでしまった。


「大事な手紙を出し忘れるなよ!」

「いやぁごめん!あ、という事は手紙の返事が来ないから直接来たって事?正規の手続きをすると面倒だからすっ飛ばしてきたとか?」

「ほぼほぼ当たり…けど、もう少し重い事情かな」


それから大まかな事情を話せば、ブレアは思った以上に大事になっているらしい事態に苦い顔をした。


「皇女殿下のお姉さんが政略結婚…」

「それを止めるため…というか、一番最悪な展開になる要素をあらかじめ消しておくために次期教皇様を拐ったってわけ。たぶん、アルバの秘策は…」


口籠るアステアを見て、ブレアはなんとなく、アステア自身も確信を得ているわけではないのだと察する。けれど姉のために何かしたくて動いているのだろう。話によれば他国の王太子も乗り出しているというし、そのおかげで姉であるカリアーナがアルバへ着く日数は大幅に伸びるらしい。

その間にアルバの秘策かもしれない要素を潰してしまおうという魂胆なのだろう。


「……姉のために奮起する少女を、見過ごすわけにはいかないよね」


遠い昔、我が子のために助けを求めてきた女神を見過ごす事ができなかったサディアス。面倒ごとは嫌いだが、そんな神を頂く信徒であるブレアは、この事態をどうにも見過ごせなくなってしまった。

お読みくださりありがとうございました。

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