第二十七話 俺はただ、忠誠を
リアン視点のお話です。
「クレイグ、エスター。リアンの事頼むね」
そう言って俺を差し出した皇女様を見て、眉が下がる。
クレイグと呼ばれた初老は「かしこまりました」と返事をして、エスターと呼ばれた獣人はなぜか俺を睨んだ。
「私はヨルのところに行ってくるから」
それだけ言い残すと、皇女様はスタスタと屋敷のどこかへ消えてしまった。
傷を負っていたため治療を受けていた俺とは違い、皇女様が引き取ったもう一人はこの屋敷のどこかの部屋にいるらしい。
俺はクレイグさんに案内されるまま、屋敷を歩いた。
カタルシアは皇族一人一人に家となる屋敷が与えられると聞いた事がある。おそらくここは皇女様の屋敷なのだろう。先ほど尋ねた第一皇女の屋敷は全体的に白く、外の空気が廻って澄んでいる様に感じられたが、ここは至って普通の屋敷だ。
「あまりジロジロと見ないでいただきたいのですが」
ピリッ、怒気の混ざった声が、後ろから聞こえた。
すぐにクレイグさんが「やめなさい」と咎めれば、俺の後ろを歩いているエスターさんは不機嫌そうにしながらも黙ってしまう。
「申し訳ありません。エスターはアステア様の事を本当に慕っておりまして。アステア様の時間を割く方を敵視してしまう癖があるのです」
それは遠回しに俺が時間を割かせていると言いたいのか。
「…そう言うクレイグさんも、皇女様を慕っているんですね」
「もちろん。アステア様がいらっしゃらなければ、楽しみもなく徘徊するだけの老いぼれだった身ですから」
クレイグさんの表情は見えないが、それでも声だけで本当に慕っているとわかる。それを表に出す人なのかはわからないが、こうやって話してくれるという事は、慕っている気持ちを隠す気はないという事だろう。
皇女様は従者に恵まれているらしい。
「良いですね。私は騎士の家系でして、一人の主君に忠誠を捧げる事を理想としています。しかし、一向に仕えたいと思う方が現れませんでしたから」
だから、口うるさく「王の騎士になれ」と言ってくるあの家から出たのだ。自分が仕える王は自分で決める。フィニーティスの王子達も申し分ない方々だが、それでもやはり一生を捧げたいとまでは思わなかった。父は大丈夫だろうが、母は気難しい人だから、きっと残された弟は酷く苦労する事になるだろう。だが、それでも自分の目で見て決めたかったのだ。
「……だから、アステア様に仕えたいと?」
足を止め、けれど振り返る事はないクレイグさんの言葉を聞いて、知っていたのかと目を見開く。
「確かにアステア様は仕える主君として申し分ない方でしょう。けれど、あの方は忠誠を嫌います。貴方がアステア様の側にいる未来など、万に一つもないと思いますがねぇ」
穏やかな口調で酷い事を言う人だ。
皇女様が俺の何を厭われているか、気づかなかったわけではない。それでも俺が捧げたいのは忠誠だ。だから、それを前面に押し出して皇女様と接した。それが裏目に出ているとわかっていたが、自分を偽りたくはない。
「……傷だらけで気絶している時、皇女様の声を聞きました。私の名前を呼ぶ声です。本当に小さな、ただ呼んだだけの声でしたが、私はその瞬間にどうにか応えなくてはいけないと思ったんです。その時の気持ちなんてもう忘れましたが、強烈に残っているのはあの声に呼ばれたのだから応えなくてはいけない、という思いだけ。それだけで、私はあの方を主君にすると決めました」
俺の言葉を聞いてクレイグさんは、「ほぉ」と声を漏らす。何も言わずに聞いていたエスターさんを見れば、どこか驚いた様子で、けれどやはり不機嫌な顔は変わっていなかった。
「これだけの理由であの方の側にいたいと思うのは、許されませんか」
どこか人間味のない瞳が、俺を見る。やっとこちらに振り向いたクレイグさんの表情は柔らかかった。
「良いと思いますよ。アステア様に気に入られるのは存外簡単な事ですが、側にいるとなれば別。相当頑張らないと側に置いていただく事はできませんけれどね」
「承知の上です」
即答すれば、クレイグさんは楽しそうに笑った。
そうして、いつまでも静かだったエスターさんの方を見て「そろそろ機嫌を治しなさい」と口にする。
「リアン様、一つ質問なのですが宜しいでしょうか」
当然のごとく抑揚のない声で、初めて名前を呼ばれる。……ここまで嫌われていると、仲良くするのは無理かもしれないな。
「貴方はアステア様の近衛騎士になれないと知っても、アステア様のお側にいるつもりですか」
その問いに答えるのに、時間はいらなかった。俺が捧げたいのは忠誠であり、騎士になればそれが一番示せるというだけの話だから。皇女様が俺の忠誠を拒絶しなければ、別に騎士という立場でなくとも構わない。側にいても忠誠を捧げられないとなれば話は別だが、騎士云々の話は本音を言えばどうでもよかった。
「俺はただ、忠誠を捧げるだけですよ」
そんな俺を見て、エスターさんはやはり嫌そうな、不機嫌な顔をするだけだった。
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