第二百六十九話 余裕でアウト
後半視点なしです。
「これから何をするのか、そろそろお話ししていただけますか?」
実を言うと、協力してくれるリアンにもこれからする事の詳細を話してはいない。リリアを中心に何かが動いていると仮定するなら、どこで予想外の力が介入してくるか分からないからだ。ヒロインはなんでもあり。世界の主役なのだから。
「……正直言って、犯罪ギリギリな事をします」
「え!?」
「………」
ギリギリというか余裕でアウトというか…。
今から話す事が大事なだけに敬語になってしまい、隣からライアンの驚く声が聞こえて少し申し訳なくなる。ライアンには前もって教えていた方が良かったかな…。
けど、なぜかリアンは落ち着いた様子で黙っていた。考え込むように伏せられた瞳が、私を見る。
「一度協力すると決めた以上、どこまでもお付き合いさせていただきます。……ですが、それが我がリディア家に害を及ぼす事であるというなら少々考えさせていただきたい」
「!」
それは、私に忠誠を捧げたいと言っていた男の言葉とは思えないほどに真っ直ぐとしていた。盲目的に主人への忠誠を誓いたいと願っていたのに、まさかこんな事を言うとはリアンもブラッドフォードと同じく少し見ない間に成長したようだ。
「心配いらないよ。確かに犯罪に見当しちゃうけど、たぶん事情を話せば協力してくれると思うし…というかさせるし」
「はは!相変わらずのご様子で安心しました!」
リアンの愉快そうに笑う声も相変わらず大きい事だ。リンクは声が大きい印象はないけど、リディア家の人間って妙に似てるからな、大声だったり騎士道だったり…。もしかすると本来のリンクは声が大きいのかもしれない、なんて思う。
まぁ今考えても想像しかできないから仕方ない事だけど。
「皇女様がそう言うならなんの心配なく尽力できます。馬車の御者は信頼できる者にさせていますが、行先がバレたくないのであれば私がしますが…」
「行先に着いたら交代で」
「わかりました。それで、その行先はどこでしょう?」
ふと外を見ると、見慣れない景色が広がっていた。おそらく皇族が通る事のない裏道のような場所を通っているのだろう。どこへ向かうかも決まっていない馬車が、行先なく走っている。
「………サディアス教国」
ポツリと呟けば、馬車は少し荒い手つきで方向を変えた。どうやら裏道から行ける最短コースへ向かうようだ。リアンは信頼できる者に御者を任せていると言ったが、それは本当だったらしい。
私は気分が良くなり、私をじっと見据えるリアンとライアンに笑いかけた。
「次期教皇様を攫いに行こうか」
───
フィニーティス王国の王太子執務室。そこで神妙な顔をして考え込んでいたのは、第二王子であるクリフィードだった。その姿を見て苦笑いしかできない王太子ブラッドフォードは、机の上に地図を広げ始めた。
「あのクソ女…まさか兄上まで顎で使うとはっ…!」
ギリィッと歯軋りして憎々しげに歪められた顔は、アステアが見ればニンマリと機嫌が良くなるほど悔しそうだ。
「そう怒るな、クリフィード。俺は望んで協力するんだから」
「わかってるよ!第一皇女だろ…?」
「あぁ、女嫌いのお前に頼むっていうのは申し訳ないんだが…」
「いや、協力しなかったらあとでクソ女に何されるかわかったもんじゃないから別に良いよ」
クリフィードは王子だ。王太子にこそなれなかったが、溢れ持つ才能と容姿も相まって丁寧に丁寧に育てられてきた。そのせいで少し横柄な態度を取るようにもなってしまったが、それは王子という立場がカバーしてくれる。のだけれど、あのクソ女、もといアステアにはそれが一切通用しない。
自分に媚びてくる気持ちの悪い女とは違い、容赦なく殴ってくるわ蹴ってくるわ終いには首を締めるわ…地味に痛いのが皮膚を抓られる事なのだが、例を挙げればキリがない。今まで見てきた女とは月とスッポンレベルで違っていたため、クリフィードがアステアを女として見なくなってしまった事にも肯けてしまうだろう。
まぁアステアから言わせてみれば、最初に声をかけてきたのはクリフィードなのだから、自業自得だという話なのだけど。
「それで具体的には?もう兄上の事だから計画はできてるんだろうけど…」
「アルバへの奇襲の話は後にして、カリアーナ姫君を誘拐する時なんだが…専属の近衛騎士団が護衛についているだろうから、それと分断させるのが最優先だな。アステア姫君はやる事があるらしく、それは俺達でやってほしいとの事だ」
「まぁ山賊を装うならできない事じゃないね。確か第一皇女の近衛騎士団は女だけだったはずだったよな。男相手だと体重が重すぎてうまく吹き飛ばせないけど、最悪の場合、風系の魔術使って力技で通す事もできるか」
「できれば怪我はさせたないんだがな」
「それだとすぐ追ってくるだろ。致命傷を避ける程度の方がお互いのためだよ」
「わかってる。ただその方が…」
カリアーナ姫は悲しまないだろうから、なんて声が聞こえてくるな、とクリフィードが肩を落とす。戦場を駆け回り男所帯の中でやってきた男がこうも女に惚れるとは。まぁ相手が王太子という立場に見合う女性だった事は不幸中の幸いだが、クリフィードはもし本当にカリアーナが嫁に来た時の事を思って溜息が出そうになってしまった。
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