第二百六十七話 必ず
後半視点なしです。
「………わかってくれたなら、みんなそれぞれ自分のする事をしよう」
ニッと笑って言ってやると、悔しそうにするエスターは別として、少し諦めの入った顔をする他の面々が小さく頷いてくれた。
のだけど、その中で、エスターと同じくらい不服そうな顔をしている奴が一人…。
「あの、私も第二皇女様には誰かついて行った方が良いと思います」
「ライアン…」
ライアンの隣に座っていたレントさんが感心した様子で「ほぉ」と声を上げる。ライアンは騎士だし、仮とはいえ、今は私の近衛騎士だ。何か言ってくるかもしれないとは思ったけど、やっぱりか。
「第二皇女様に仕える者の気持ちを考えてあげてください。数日だけ第二皇女様にお仕えした私でさえ頷き難いんです…エスターさん達の気持ちを考えたら、私は…」
ギュッと握り締められた拳を見て、本当にライアンは優しいな、と改めて思う。それで、少し卑怯だ。
私がノノを救いたいと思ってるってわかっているはずなのに、ノノを救うためにこの采配をしたとわかっているはずなのに。それがわからないほど、馬鹿じゃないはずなのに。
真っ直ぐに私を見つめて、私が揺らぎそうになる事を簡単に言ってしまう。これだから、ライアンの笑顔は酷く眩しく見えるんだよ。
「私には馴染みの人を護衛につける。みんなにはそれぞれ守って欲しいものがあるから残ってって言ってるの」
「ですが…それではあまりにも従者の心を無視しすぎだと思います!騎士の私が主人に向かって気にかけろなんて、烏滸がましいのはわかっていますが…けど、第二皇女様があの子を心配して動くように俺達だって…!」
感情的になってきたのか、自分の事を私とも言わなくなってきた。気持ちはわかるけど、ノノの事を知っている少数精鋭で動かなきゃいけないんだから仕方ないじゃないか。
私が再度ライアンの言葉を否定しようとした時。
「では、ライアン様がアステア様の護衛として同行なさるという事でよろしいのでは?」
「………は?」
クレイグが、言う。え、何、今なんて言った?
「イザベラ様方をお止めするのはリンク様一人で十分でしょう。もしライアン様がいない事に気づかれたなら、アステア様の仮の近衛騎士として特別な訓練をしているとでも言ってしまえば良い」
「はははっ!そりゃ良いわ!若いもんは上から押さえつけられる反動で成長してくもんじゃ!理不尽な事を今から存分に突きつけてやれ!」
「多少乱暴になって良いならやりようはいくらでもありますよ!とりあえずロックにはどう反発してもフルコースを食らわせます!」
「レントさん!?リンクまで…!」
ていうかリンクはキラキラした目で何言ってんの!?ロックがいよいよ可哀想なんだけど!?
私は次々と同意していく面々に目を白黒させ、私と同様戸惑った様子で沈黙を貫いていたディウネに助けを求めた。いや、どちらかというと共感を求めたと言った方が正しい。とりあえずこの混乱を誰かと共有したかった。
「こ、近衛騎士を連れて行くの賛成です!」
神様、これ酷すぎやしませんか。エスターが反対するわけもなく、提案したクレイグは楽しそうに笑っていて、レントさんもリンクもディウネも賛成だと頷いている。もちろんライアンだって、自分が行け、なんて言われて少し驚いていたが、すぐに「近衛騎士の務めを全うさせていただきます!」と胸を張っていた。
え、待って、拒否権ない感じ…?
「という事でアステア様、拒否権はございませんので」
クレイグ心の中読まないで!!
───
「ライアン様」
名を呼ばれてライアンが振り返ると、自分を呼んだであろうクレイグと、その隣にはエスターが立っていた。何か用だろうかと近づけば、二人は少し申し訳なさそうな顔をする。
「学生であるライアン様を、危険に晒す事をお許しください」
「えっ」
その謝罪の言葉と同時に二人が頭を下げた。ライアンが目を見開き急いで頭を上げさせる。なぜ謝られているのかライアンには理解できなかった。
「本来であればライアン様は学生として勉学に励むはずでした。ですが指導もままならないまま、アステア様の近衛騎士として危険な場に行かせてしまう事に……誠に申し訳ありません」
「あ、謝られるような事じゃありませんって!それに俺だって第二皇女様が屋敷の人を誰もつけずに行くのは不安でしたし…」
「それでもです」
ライアンが焦りながら自分の考えを述べると、それを受け入れて尚拒絶したのはエスターだった。
「アステア様は私達の見えない景色を見ていらっしゃる方です。そして今の危ういあの方について行けば、きっと危険な目に遭います」
否定しようがない。ただそれを直感させるだけのものがアステアにあるのだから、ライアンは何を言う事もできず、ただエスターが真っ直ぐに通った声で言葉を紡ぐのを聞いていた。
「それでも、それでもっ…お願いします。アステア様をお守りください。今のあの方は危うい…どこかの箍が外れてしまっている状態なのです。止めればアステア様は一生後悔して傷つき続けなければいけません。ですからどうか、どうかアステア様をお願いします」
「身勝手なお願いとは重々承知の上でございます。けれど、この願いだけは、聞き届けてくれませんでしょうか」
エスターに続けてクレイグが紡ぐ。それは二人にしては珍しい必死な言葉だった。エスターは屋敷を、クレイグはノノの事を。それぞれアステアから必ず守れと命じられたのだ。それを破るわけにはいかない。
「……わかりました。元々そのつもりでしたが、もう一度誓います。私は騎士の誇りにかけて、第二皇女様をお守りすると」
凛と通った声は、壁に背を預け様子を伺っていたリンクにも、確かに届くほど鮮明だった。
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