第二百六十二話 軽やかな意地悪い声で
無事、と言うには庭がぐちゃぐちゃになり過ぎてしまったが、どうにかノノを落ち着かせる事に成功した。落ち着かせると言っても、昏睡状態に陥ってしまったのだけれど。
ちなみにノノが暴走した原因はリンクが木陰に置いていた荷物の中の魔道具だったようで、子供達がリンクの注意も聞かずに悪戯感覚で遊ぼうとした時、ちょうどノノの手に魔道具の魔術式が触れてしまったらしい。試作品だった魔道具は土に押しつぶされて跡形もなくなり、リンクはもしかしたらノノが死んでしまっていたかもしれないと言う事で、顔を青くして部屋の外で待機している。
「最近出ばる事が多いの…」
傷んでもいないはずの腰を摩りながらノノの頭を優しく撫でたのは、先ほど急遽呼びつけたレントさんだ。ノノが暴走したと素直に言ってしまうと各方面から警戒されるかもしれないというクレイグの考えから、私の体調が崩れたという名目で来てもらっている。
「ノノの容態は…」
「正直言って危険だな……何よりこの特有の魔力はわしの管轄外じゃわ。自然回復を待つか、リスク覚悟で治癒魔術をかけるか…どちらにしろ危険が伴うじゃろう」
特有の魔力……魔法が使えるノノの体は、どうやらレントさんが持つ知識では賄い切れないほどらしい。
「……唯一対応できるかもしれんと言ったら、お前さんの執事じゃろ」
「!クレイグ…ですか?」
「他に誰がおる?この子供に教えを授けているクレイグなら、多少なりとも知っとるかもしれんというだけの話じゃが……それでもクレイグ自身が治療を施す事はできん。……いや、許してはならんと言うべきか」
クレイグなら治癒系魔術も使えるし、ノノの治療に持って来いの人材のはずだ。なのに許してはいけないとはどういう事か。私が首を傾げると、レントさんは呆れた様子で溜息をついた。
「お前さん、あやつがアンデッドだという事を忘れとらんか?アンデッドは魔物であり、死ぬ事すら許されない悪鬼と恐れられていた時代もある。そんな生き物がホイホイと治癒系魔術を使えるわけがないじゃろう。クレイグが使えるのはせいぜい体の傷を治すまで…それでもアンデッドとして規格外じゃが、体の中の治療などさせた瞬間どんな反応が出るか……死ぬか植物状態で済むなら御の字。最悪この子供までアンデッドになるぞ」
それからまたレントさんは教えてくれた。曰くアンデッドは生前がどれほど強力な魔術師だったとしても、アンデッドになった瞬間から使える魔術がある程度制限されるのだと言う。死してなお生に縋り付いた代償なのか、人を殺める事が可能な力はさらに強さを増し、人を救い癒す力は弱体化して反動が返ってくる事もあると。
───…私は今まで無茶をして来た。
それは後ろに必ずクレイグがいたからで、その補助をするようにエスターが支えていたから。引き抜いたり去って行ったり色々あったけど、私の側にいる全員が強い人ばかりだった。
だけどノノは、子供達は、すごく弱い。
静かな呼吸を繰り返している姿を見ると眠っているだけのようにも見えるけど、触れた手は驚くほどに冷たかった。まるで今この瞬間も確実にノノから生きる力を奪い取っているようで、罪悪感に苛まれる。
「無茶し過ぎたのかな…」
弱い子供達を守るなんて私には到底できない。クレイグが見ているから大丈夫だと安心していたけど、クレイグだって私が思い込んでいたより全然万能なんかじゃなかった。
私の周りには強い人が多いけどそれは攻撃に特化しているのであって、今この時、ノノを救える人は誰一人としていないのだ。当然、私だってこの小さな命を救えやしない。
「………皇帝にはわしから伝えておく。城で怪我人が出た場合はレフィに出来る限り対処するよう言っておるから、わしもここに常駐する事にしよう」
「ありがとうございます…」
「あぁ…カリアーナもサポートしてくれるじゃろう。慈善活動を率先してやっとるから、きっと治癒系の書物が世界中から集まるはずじゃ」
「姉様…ですか…」
あぁそうだ。私の一番大事な人も、私の手から零れ落ちて行くんだった。きっと書物は集まるだろうけど、その時姉様はカタルシアにはいない。
もうどうすれば良いのか、頭を抱えて耳を塞ぎ込んで、今にも誰かに泣き付きたくなってしまった。ノノが暴走している時に吐き捨てた、覚悟しておけ、なんて挑戦的な言葉は、もしかしたら自分に向かって言っていたのかもしれない。そう考えるほどに、私の頭の中にはぐるぐると負の感情が渦巻き始めている。
だから、だから…ッ!
──殴り込みに行った時の勢いはどこ行ったんだ?──
一番最初に私の掌から飛び出して行った男の顔なんて、思い出したくもないのに。
忘れたいのに、見慣れてしまっていたニヤつき顔が、死ぬ前からずっと私を励ましてくれていた濁った夜空の色が、こっちをずっと見ている気がしてならない。ヨルの言葉なんて、何も言わずに出て行った騎士の言葉なんて、気にする事すらしなくて良いはずなのに。
軽やかな意地悪い声で話していたヨルが、リンクを欲しがったり、姉様の幸せを一番に願っていた時の私を思い出させて。
「……レントさん、父様に伝えるのちょっと待ってもらっても良いですか?」
まるで私の背中を叩いているかのようだと、思ってしまった。
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