第二百六十一話 あれ?そう考えるとやっぱ
「!?」
「何この音…!」
おそらく庭の方から心臓が跳ねそうなほどの大きな音が鳴り響き姉様から意識が盛大に逸れる。それは姉様も同じだったようで、二人揃ってすぐに庭側にある窓から外を見渡した。
「あれは…」
「土?いや地面がそのまま壁になったみたいね…なんにしても、故意に起こした様子じゃないわ」
状況をいち早く把握した姉様が私の背中を押して「早く行きなさい」と言う。この屋敷の主人は私だ。そう言われるのは当然だし、私自身も庭に向かうのが主人としての責任でもある。
けど今姉様から離れたら、絶対に姉様はここからいなくなる。それだけは、どうしてもあってはならない事なのに。
「何してるの!」
「ッ!?」
「ここの家主は貴女で、庭にいるのは貴女の庇護する人々でしょう!一番の最善がわかっているならさっさと行きなさい!!」
そう言いながら、姉様自身は動こうとしない。きっとそれはここで私と離れる事が姉様にとっての最善だからだ。
「っ…わかった」
言いたい事の全てを飲み込んだ。姉様の最善を優先したわけじゃない。私の最善を優先したわけじゃない。
今、私から離れようとしている姉様と同じくらい、庭にいるリンクと子供達が心配で仕方ないんだ。あの子達に何かあったらどうしよう。多少でも情が移ってしまうと厄介なんだと、昔父様が言っていた。
今ならよくわかる。だって私は姉様より、リンクや子供達のところに向かおうと決めてしまったんだから。
ばんっ、と派手な音を立てて部屋の扉を開けると、目の前にはクレイグが待ち構えていた。
「クレイグ…?」
「盗み聞きしておりました。さ、こちらにお乗りください」
「は?ちょ!?」
いきなり白状したクレイグに両脇を掴まれ、あっという間にクレイグが愛用している白い杖の上に、まるで魔女が箒に乗るような形で座らされる。状況が飲み込めないうちに私は白い杖に乗って、人の足とは比べ物にならない速さで庭へ向かった。
残されたのは、部屋に佇む皇女だけ。
「やっぱり、私だけが慕われているわけでも、特別でもないのよね」
───
「リンク!それにレイラも…!」
庭に出て見えたのは、迫りくる土の壁から必死の子供達を守っているリンクとレイラの姿だった。白い杖から飛び降り、守られている子供達に駆け寄る。
「あ、アステア様ぁ!」
「お姫様、あ、あのね、ノノがぶわぁって!」
「アステア様!下がってください!」
子供達の要領を得ていない説明やリンク達の焦り様を見る限り、姉様の読み通りこれは故意で起こった事ではないらしい。イザベラやロック達は自分の身を守るので精一杯みたいだし、ライアンはリンクが守り切れていない子供達を庇ってる。レイラはなんとか反撃しようとしてるけど、土の壁の中心がどうやらノノみたいだから本気が出せてない…。少し遅れて現れたエスターが、空から落ちてくるかのような土の塊を器用に避けながらライアン達の援護にまわっているけど、このままじゃどうやったって終わりすら見えない。
「クレイグ!これどうにかできる!?」
「被害を最小限に抑える事はできますが、この暴走具合を見るとノノを無傷で助け出すのは不可能かと!」
「死ぬ確率は!?」
「ありません!」
死ぬ、なんて怖い単語が出てきた事でサラちゃん達が怯えた様子で私の服の袖を掴む。少しでも安心できるようにと力いっぱい抱きしめて、指示を出した。
「クレイグ、リンク、レイラはノノを助ける事に集中して!三人がノノを抑える分余裕になったライアン達とエスターは死ぬ気で子供達を守りなさい!」
元より全員がこの状況を打開しようとしていたため考えている事は大体同じだろう。だけど家主の許可があるかないかでは大きな差があるはずだ。私の指示を受け、思う存分、加えてクレイグの援護を受けながら戦えるようになったリンクとレイラが土の壁や空を覆う地面を切り裂きながらなり振り構わず進んで行く。
………あれで騎士の才能がないって、リディア伯爵の目は節穴…あ、いや、一応指導者としてもちゃんとやってたんだよな…。ならリアンってあれよりも強くて、リンクはあのレベルなのに騎士より魔道具士を取るほど魔道具士の才能があるって事…?
騎士団長のレイラと肩を並べてるくせに、それ以上の魔道具士としての才能って…。
………まぁそれより気になるのは暴走しているノノだ。
魔力が暴走している事は確かだろうけど、何かきっかけがあったのか。もしなんの前触れもなく暴走しているのだとしたら今後サラちゃん達も暴走する可能性があるかもしれない。あぁもう、今ノノを止めたところで考えなきゃいけない事が多すぎる。何より姉様だ、こっちの方が生死に関わりそうだったから心配すぎて焦って来たけど、これがなければ姉様の事死ぬ気で止めてたし。いや、別にノノを責めてるわけじゃない。
あれ?そう考えるとやっぱ意味不明な決断した姉様が悪くない?あー、もうなんかイライラして来た。混乱とか心配のし過ぎでイライラして来たよマジで。
「これ終わったらマジで覚悟しとけよ」
誰に向けたかもわからない言葉だけど、とりあえず吐き捨てずにはいられなかった。
お読みくださりありがとうございました。




