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第二百六十話 強い意志を持つ紫の瞳

視点なしです。

「姉様、もしかしてどこか具合でも悪いの?」


心配とその表情が物語っている妹に、カリアーナは口を結んだ。

自分を慕ってくれる最愛の妹。将来この国を背負う兄と共に、いつも自慢の妹だと話していた。皇帝である父もそうだ。


けれど、アステアがか弱いと思った事は一度もない。


自分と同様細い腕をしているのに、その背中には想像もできないほどのものを背負っている。よく「背負いたくない」「自分には重すぎる」なんて言っているけれど、人を魅了してしまうその人柄をしている限りどうしても背負うしかないのだ。

本人がそれに気付いていないのは、きっと本当は何もかも背負う事のできる強い人だからこそ。


カリアーナは結んでいた口を緩く解いて、微笑みかけた。


「貴女に、言わなきゃいけない事があるの」


まだ父に了承を得たわけでもない。きっと怒ってしまうだろう兄の説得に成功したわけでもない。けれど、どこかで直感的にわかっている。この申し出が、父と兄に拒絶される事はないのだと。

なんの話だろうかとワクワクしている妹に、カリアーナは込み上げてくる感情をグッと飲み込んで呟いた。


「アルバに、嫁ぐ事に決めたわ」


「………えっ」


まるで予想していなかった言葉にアステアが目を丸くし、カリアーナが気丈に笑う。ディルクとクロードがアルバに何か秘策があるのではないかと警戒して、動けずにいる事はアステアもわかっていた。そしてその秘策が、もしかしたら神龍なのかもしれないという事も。

秘策が神龍だった場合は先に先手を打ってしまった方が良いのだが、何も確証がない状態で騎士団や軍を動かせるほどアステアの権力は強くない。ならば父と兄が信じるほどの確証を得られればと、アステアはサディアス教国のブレアに手紙を送ったのだ。

けれど、何も知らないはずのカリアーナがなぜ動く…?

アステアの頭の中を占めているのは、混乱と疑問ばかりだった。


「あの……もう一度言っていただけますか、姉様」


視界の焦点が定まらず、思わず顔を俯ける。姉に対しては滅多に使わない敬語もどうしてか震える口から転がり落ちていた。

そんなアステアを見て、カリアーナが真面目な声色で答える。


「………私はお父様にお願いして、アルベルト王太子との婚約を進めるつもりよ」

「なんでッ……!!」


そんな必要ないのに!と声を荒げそうになったアステアが顔を上げると、自分を真っ直ぐに見据えるカリアーナの瞳があった。

強い意志を持つ紫の瞳は、皇族の証。その瞳が一等美しく、まるでカリアーナの決心を表しているかのようだった。


「なん…なんで…っ」


自分の口からうまく言葉が出てこない事をアステアは悔しく思った。言いたい事も聞きたい事も山ほどある。なのに自分の口も喉も頭も何もかも、思い通りに動いてくれない。


「…お父様とお兄様が手をこまねいている事は知っているでしょう?あの二人は何度もカタルシアに勝利をもたらしている猛将よ。だからこそ、その直感力は相当なものなの。そんな二人が戦いにおいては格下のアルバを警戒しているのだから、何かアルバに秘策があるのは間違いないでしょう」

「そんなの、わかんないじゃん…」

「わかるわよ。…それに、何もなかったとしても、商業国として栄えているアルバと揉めると国民が辛い思いをする事になる」

「父様と兄様が負けるはずない…アルバがカタルシアの属国になるだけだよ」

「……アステア、もしアルバの策がお父様もお兄様も太刀打ちできないものだったら、負けるのはカタルシアよ。例えば、人智を逸脱した力とか」

「!?」


なぜそれをカリアーナが知っているのか。アルバ側に神龍がいるかもしれないのはアステアでも予想しているだけの話だ。少なくともクロス・クリーンのストーリーを知る由もないカリアーナが考えられる可能性の話ではない。


「………アステアには最初に伝えたかったの」

「ッ!…父様が許すとは思えないけど…?」

「許してくれるわよ。お父様は私の父であると同時にカタルシアの皇帝だもの。何が王として最善か、自分の感情で判断を鈍らせる人じゃないわ」

「それは…!」


確かに、そうなのだ。圧倒的な軍事力を誇る大国カタルシア帝国を背負っている人間が、今まで幾度となく苦渋を迫られてきただろう皇帝が、一時の強い感情に飲み込まれるはずがない。飲み込まれて良いはずがない。きっとディルクは国のためにとカリアーナを差し出すだろう。

次の言葉が出ないアステアを見て、カリアーナが優しく微笑んでから扉へ向かうための一歩を踏み出した。


「まっ…姉様…!」


今カリアーナを止める手段が思いつかない。ただ、唯一可能性があるかもしれない人の名前は知っている。頼りたくはないけれど、アステアがカリアーナを任せても良いと思った男の名前だ。


「本当にそれで良いの!?だって姉様はブラッドフォード王太子の事が───」


ドゴォン──


けれど無情にも、唯一の可能性を紡ぐ前にその音は鳴り響いた。

お読みくださりありがとうございました。

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