第二十六話 自分を慕ってくれる妹
不思議そうに首を傾げた姉様にキュン死しそうになるが、どうにか抑えて「どう?」と聞いてみる。
すると姉様は少しの間考えて、次の瞬間には花が綻ぶような笑みを見せてくれた。
「良いわね。アステアと一緒に行くのは初めてだから楽しみだわ」
よっしゃ!!姉様の綻ぶ顔&パーティー同行の許可を両方ゲットだぜ!!
………まぁ、断られるなんて微塵も思ってなかったけどね!
そもそも姉様は私の事を可愛がってくれているから私のお願いを断る事なんて滅多にないし、リアンを保護している身として一度フィニーティスのリディア伯爵家に挨拶したいと言えば、断る選択肢は姉様の中から完全抹消されるのだ。
私の後ろに立っているリアンは、私が「保護しているリアン」と言った事が気に入らないようだけど、側に置くつもりのない人間をそう言って何が悪い。私は信頼できる人か、気に入った人しか、側に置かない主義だ。
「出発は一週間後だから、それまでに王妃様に手紙を出しておくわ。アステアも準備を整えておいてね」
「了解!それまでには、たぶんヨルの事も終わってると思うから大丈夫!」
「ヨル?」
「うん。近衛騎士にしようと思ってる人。もう父様の許可はおりてるの」
私が言えば、姉様はポカンと口を開けて「えっ」と声を溢した。
「近衛騎士って……いらないって言っていたじゃない」
「見つけちゃったんだよね。ダークエルフで身体能力とかも申し分なさそうな人なんだ〜!」
「そうなの…?騎士を持つ事は良い事だと思うけれど、本当に急ね」
「急がないと誰かに取られそうな人だったので」
私が嬉しそうに笑うと、姉様も呆れはしているものの小さく笑う。
一週間もあればヨルを私の近衛騎士にする手続きも終わっているだろう。そうすれば、堂々とフィニーティスに連れて行ける。自国でお披露目できないのは残念だが、姉様や兄様のように騎士を紹介するパーティーを開く予定もないので、誰かに文句を言われる事もないはずだ。
「…アステアが気に入った人なら会ってみたいわね。って、あらあら」
眉を下げて面白いものを見るような笑みを浮かべた姉様の視線の先には、部屋の入り口に立っているクレイグとエスター。
「お迎えが来たみたいよ?そろそろ自分の屋敷に帰らないと」
クスクスと笑う姿はずっと見ていられるくらいに美しい。さすが姉様、こんな何気ない会話の中で魅せてくれる。
「はーい…あ、レイラ、さっき言った事は忘れないようにね」
一応のため釘を刺せば、レイラはなんだか怯えた顔をして、「はい…」と返事をした。………少しやり過ぎたかな?
私とレイラの間に何かあったのだと気づいたらしい姉様が、レイラに事情を聞けば、レイラは「少し、怒られてしまいまして」とだけ答える。姉様に面と向かって「あなたの妹を甘く見てました」なんて言えるわけがないから、妥当な答え方だ。
その答えに納得したのか、問いただしても無駄だと思ったのか、姉様は「そう」とだけ返事をすると、それ以上レイラを追及する事はなかった。
「じゃぁ、またね。姉様」
「えぇ。良い夢を」
にこり、最後の最後で私が一番好きな微笑みで返されて、私の心臓が物凄い音を立てて撃ち抜かれたのは、言うまでもない事だろう。
───
「レイラ、知っている事を話してくれる?」
アステア達が去った後の部屋で静かに告げられた言葉は、レイラを驚かせるには十分な威力を持っていた。
「……アルバへ赴かれた際に第二皇女様はアルバの辺境伯に暴行を受けそうになり、それを間一髪で助けたのが件のヨルと言う人物だそうです。近々アルバは辺境伯が第二皇女様に行った事を隠して国民に公表する予定です」
「…辺境伯の事は許せないけれど、アルバの人間なら仕方ないわね」
「はい。……ですので、どうか。そのお怒りを沈めていただきたく…」
「やだわ。私が怒っているのは貴女によ。レイラ」
天使とまで謳われる彼女も人間だ。妹が危険に晒され、あまつさえその危険に晒される状況に導いたのが自分の騎士となれば、怒りも湧くというものだろう。
「私だって怒るのよ。レイラ」
「……申し訳ありませんでした。以後、気をつけます」
素直に謝ったレイラの姿を見て、カリアーナはホッと胸を撫で下ろす。怒る事はあっても、滅多に怒らないために加減が苦手なのだ。昔一度だけ本気で怒ってしまった事があり、その際は怒った相手である使用人の娘がパニックを起こしてしまった。あの姿をもし家族や自分を慕ってくれている妹に見られれば、と考えると、カリアーナは滅多に怒れなくなってしまったのだ。
今回は若くして騎士団長に任命したレイラの失態であるため仕方なかったが、今後は自分が怒る事など起きなければ良い。
自分を慕ってくれている妹の期待に添えるだけの姉になれるよう、これからも頑張りたいのだから。
お読みくださりありがとうございました。




