第二百五十九話 土が空を覆った
視点なしです。
「あれが第一皇女のカリアーナ姫殿下ですの?」
不思議そうに呟いたイザベラが、扱かれた事も忘れたかのようにリンクを見る。クレイグが何やら調べ物をしているらしくその間ライアン達の指導はリンクが請け負う事になっていたため、その扱きは地獄そのものだったのだけれど。
イザベラの視線はリンクを急かしているようだった。
「挨拶し忘れたとか言うなよ。要求されなかったのなら必要なかったってだけの事だから」
「そんな事じゃありませんわ!」
若干会話を聞いていたロックの額に青筋が立ったが、それよりもイザベラの意識は先ほどのカリアーナの表情にいっていた。
イザベラは公爵家の令嬢としてパーティーに出席する事もあり、カリアーナと同じパーティーに出た事もある。その時は心優しく聡明な印象を受けていたのだが、今の姿はどうだ。こちらを気にかける気がないのか、それとも余裕がないのか。
どちらにしても、以前見た時とは少なからず違っていた。
「………心配ですわね…」
第二皇女の事は良く思っていないが、優しげに笑う第一皇女を疎ましく思う事はない。イザベラが呟くと、ゆらり、後ろに黒い影が立った。
「誰の心配をしてるのか知らないが、そんなに余裕があるとはな」
「!!」
ハッと気づいた時にはもう遅かった。ニッコリと笑ったリンクが力強くイザベラの方を掴み、次の瞬間には庭のど真ん中へ放り投げたのである。
ちなみに子供達はエスターが作ってくれたお弁当を仲良く食べているところだ。早食いなのか食べ終わった子供達はリンクが日陰に置いた荷物で遊び始めていて、イザベラを投げ飛ばしたリンクは「危ないぞ〜」と声をかけている。
イザベラが投げ飛ばされた事には時々「すごーい!」と声が上がっており、ここの子供は人が投げられてもそれだけで済ますのか!?と目を見開いたロックが「おい!」と声を荒げた。
「あんたなんで俺達の事をそんなに扱くんだよ!指導って言っても、別に騎士団の人間でもないくせに!」
この発言には流石のリンクもパチクリと目を瞬かせずにはいられなかった。こいつ本当にあの名門騎士学校のエリートか?と顔に書いてある。
ライアンもロックがまた何か失礼な事をする気なのかと目を見開いたが、リンクが止めた事で何かアクションを起こす事はなかった。
「お前は人を怒らせる事は得意なくせに頭が悪いんだな…」
「あぁ!?」
「そうやって逆上するところもいただけない。なんで騎士団の人間じゃなきゃ厳しい指導をしちゃいけないんだよ。俺はクレイグさんに、クレイグさんが調べ事をしている間の指導を頼まれてる。それを遂行するのが俺の仕事だ」
そもそもインターンに来たからには文句の一つも言わずに扱かれておけば良い。指導者が能無しであれば話は別だが、リンクはロック達の個性を把握した上で指導をしているつもりだ。決して損をさせるつもりはない。
「…ま、多少の私情を挟んでるのは確かだけど」
「やっぱりそうじゃねぇか!」
「だーかーら!そうやって騒ぐな!弱く見られるから。それに俺はこれでも甘い方……って、あれ?」
リンクが首を傾げる。どうしたのかとロックがリンクの顔をジーッと見ていると、リンクが「どうしたんですかー?」と言いながら大きく手を振り始めた。声の向けられた方を見れば、そこにいたのは焦った様子のメイド、エスターだった。急いでいるのかリンクに気づくと会釈だけを済ませ早々に立ち去ってしまい、リンクはさらに首を傾げる。
そんな中現れたのは、エスターを追ってやってきたレイラだ。
「!?レイラ騎士団長!?」
「あ、小伯爵…じゃなくてリンクさん…」
「いや、流石に兄貴の事もあるのでさん付けはちょっと…」
兄の友人にさん付けされるのはどこか歯痒い。リンクがすかさず言えば、レイラは「ならリンク君」と笑いながら近づいてきた。
いきなり憧れの、と言ってしまうとおかしいかもしれないが、自分を突き動かした張本人が目の前に現れ、リンクは若干緊張気味だ。…そうは言っても、会いたいとはあまり思っていなかったのだけれど。
「エスターさんの事追ってたんじゃないんですか?」
「あー、はい。まぁそうなんですけど、反射的に追いかけて来ただけで私が行ってもどうしようもない事ですから」
「?」
どこか自信がない様子のレイラはどことなく珍しいように思う。落ち込んでいるのとは違う。何か自分の無力さに打ちのめされているような…。
「第一皇女騎士団長!こんにちは!」
パッと明るい笑顔を見せたソフィアが挨拶し、その場の空気が幾分か和らぐ。そう言えばソフィアとイザベラはレイラの騎士団へインターンに行っていたのだったか。
「ソフィア…イザベラも、随分扱かれたみたいだね。ボロボロになっちゃって…」
「自業自得ですよ」
リンクがすかさず口を挟むと、主にロックが「うっ」と狼狽る。多少の罪の意識はあるようだ。レイラがどう言う事かと聞き、リンクが答えようとした時だった。
「わぁあああああああああ!!!」
ドゴォン──
「!?」
子供の叫び声とともに、緑入り混じった土が空を覆った。
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